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別離2011年製作の映画)

Jodaeiye Nader az Simin/A Separation

上映日:2012年04月07日

製作国:

上映時間:123分

ジャンル:

4.0

あらすじ

『別離』に投稿された感想・評価

masacco

masaccoの感想・評価

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アスガー・ファルハーディ監督2011年の作品。父親の介護をきっかけとした、2組の夫婦の諍いを描く。男たちは威厳を保つため、女たちは命と信仰を守るため、それぞれの正当性を主張する一方で、後ろめたさを抱えている。拗らせた関係は割れたガラスのように、もう元には戻らない。
anna

annaの感想・評価

4.1
はじめてのイラン映画。
話としてよくできてるけど、なにより「信仰心」を含めた「信じる」ということそのもののきめ細やかなグラデーションが今までにない新しい感覚で、とても興味深かった。
santosha

santoshaの感想・評価

4.3
初めてのイラン映画。

最初は離婚から介護など社会派映画?と感じながら見ていたらどんどん色々な事が分かっていき人間の深い所を写しだしたとてもいい映画でした。

イラン映画侮りがたし。
kojikoji

kojikojiの感想・評価

4.0
2011年 イラン映画 監督はアスガル・ファルハーディー 他に「セールスマン」「英雄の証明」がある。

 答えは「両親」。 
 であって欲しい。幼稚かもしれない。
 でもそう願う。

  今まで、こんな映画観たことがない。
  素晴らしい映画だった。

 第61回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門最高賞である金熊賞、女優賞、男優賞の2つの銀熊賞の計3部門で受賞、2011年アカデミー外国語映画賞他数々の賞に輝く名作中の名作。と言っていいのでないか。

 日常に潜む嘘と真実。心は常に白でも黒でもない。それが表に現れる時、白か黒かの判断をされてしまう現実。そこに苦悩がある。
 夫婦の離婚、娘の親権と両親に対する思い、父の認知症と介護、家政婦の家の貧困、そして事故。こんな、どこにもありそうな現実を絡み合わせながら、三人家族とその周囲の人間模様を描かれている。

主演は夫ナデル をペイマン・モアディが、妻シミン をレイラ・ハタミが演じる。彼らの言い争い、思いの表現、澱みなく流暢で巧みな会話による緩みないシーンの連続に、あっという間にラストを迎えた。

 そして、この終わり方が絶妙。それに加えて効果的なピアノの調べがたまらない。問わざるを得ない。
 何んて答えたの?

2022.10.27視聴-481

 

 
HK

HKの感想・評価

4.1
イランのアスガー・ファルハディ監督の長編5作目。
ここにきて一気に唸らさられました。
これまでの作品は本作を撮るための予行演習だったのかと思えるくらいです。

離婚の危機を迎えた夫婦とその娘、その家庭にアルツハイマーの祖父の介護のため雇われた家政婦とその家族の複雑な人間心理が描かれます。
小さな嘘が大きな不信感を生み、沈黙があらぬ憶測を生んで悲劇を拡大していきます。
原題のペルシャ語の英訳は“Nader and Simin, A Separation”(ナダとシミン、別れ)
ナダとシミンは主人公夫婦の名前。

冒頭の離婚裁判はデビュー作の『砂漠にさまよう』。
結末を委ねるラストは『美しい都市』。
中流階層の家庭と家政婦との関係は『火祭り』。
ミステリー要素は『彼女が消えた浜辺』を思い出しました。

そして、日本とは大きく違うイランの法制度だけでなく、宗教観がこれまでにも増して強く描かれます。
直情的で暴力的な家政婦の夫でさえ信仰心が厚いのが印象的。
そして、今回は子供からの視点もクローズアップされました。
さらに、新たな要素は“復讐”。

主要キャストには、過去作品で観た顔がチラホラ。
前作の『彼女が~』では突然の暴力の被害者となる優男(シャハブ・ホセイニ)が本作では真逆の暴力キャラを演じており、迫真の演技でしばらく同じ役者と気づかず。
今回は私のお気に入りのタラネ・アリドゥスティは残念ながら出演しておりません。
主人公夫婦の奥さんを演じるレイラ・ハタミはニコリと笑えば絶対可愛いのに一度も笑わないのがもったいない。
夫婦の娘役は監督の実の娘(たしか『美しい都市』にも出てたような・・・)。

本作はベルリン国際映画祭の金熊賞・女優賞・男優賞の3冠で前作の受賞を更新。
さらに2度目のアカデミー外国賞を受賞しています。
filmaの視聴マーク数も前作の約5倍にアップ。

ほとんどの登場人物に心からの笑顔のシーンは無く、後味も決して良くはありません。
それでもエンド・クレジットのタイミングと余韻は秀逸。

このレビューはネタバレを含みます

夫婦の意見の食い違いによる離婚話はよくあると思う。映画にも身近にも。
だが、この映画はそれだけに視点を当てたものではない。
私はてっきり、それにスポットを当てて物語が進んでいくのかと思っていたから少し驚いたのだが、そのまま鑑賞を進めていった。


人は嘘を吐く生き物だ。
ここでも嘘は飛び交うのだが、それが自分のためではないものだから心を痛ませる。
娘のテルメーが父のために嘘を言い、車内で涙するシーンが特に辛かった。


話がごちゃごちゃになるのは、嘘のためだけではない。信仰しているもののためでもある。もし、介護の女性が宗教に入っていない無信心の人間なら、あのシーンで丸く収まったのだろうなと思うとやりきれない。


この話は別段、特別なものではないのだ。何処にでもあるような風景。だからこそ、より心が重くなる。苦しくなる。
子どもの射抜くような視線や涙が見ててとにかく心苦しかった。演技とは思えなかった。
演技とは思えないでいえば、アルツハイマーの老人もそうだ。


あの世界は本当に物語だったのか。そう思わせる。
きっと、似たようなことはあの国で起こってるのではないだろうか。

毎度思うのだが、この監督は見せ方が上手い。普通に作ろうとしたら単調になりそうなものを、上手く運んでいってる。
新作が楽しみ。

このレビューはネタバレを含みます

膨大な会話劇です。

私の実母も認知症で亡くしているので、妊娠しているのを黙ったまま契約して、老人をロープで縛り付けて仕事を抜け出されたら、怒り心頭になります。
妊婦さんって何が起こるか分からないから、介護という重労働には、もし最初から知っていたら雇わなかったでしょう。

そもそも、旦那さんがすぐ感情的になるから、奥さんも妊娠してるのを隠してまで働かなければいけなかった訳だし、その後も相談できなかったんでしょうね。
ラストはどうなったかは分からないけど、この旦那さん、きっと奥さんを責めたと思うんですよ。
でも、全部自分が元で起こってるんだから、少しはあんたが反省しなさいよ!と思いました。

でも、私がこの中の登場人物で一番嫌いなのは、娘を海外で教育させる為に離婚したい、と訴えている奥さんだな。
海外で教育を受けさせるなら、娘の高校や大学進学を機に一人で行ってもらったっていいと思うんですが、あんな重度の認知症の義父がいるのに、何故この時期に海外に行きたがるのか全く分からなかった。
イラクみたいに混迷していたら、早く脱出したいと思うかもしれないけど、
今のイランってアメリカとは揉めているけど、国内的には落ち着いているじゃないですか。

自分が義父の介護に関わりたくないから、というのが本音なのかしら?
このご主人は、奥さんとは既に別居中というのもありますが、自分で出来る事はちゃんとやっているんだから二人で協力できそうなのに、そんな事は微塵も考えていない様子でしたね。
日本より、イランの方が嫁の立場が大変なのかと思っていたら、結構言いたいこと言えるのね、と意外でした。

こういう双方の掛け違いの事件って、どこの国でも起こり得るし、実際たくさんあるのでしょうが、台詞劇で丹念に描いているので、かなりリアルでした。
やまね

やまねの感想・評価

3.0
思ってたよりイラン語?の、耳馴染みがよく観やすかったです。
韓国語とかフランス語よりクセがながったように思う。
気になって最後まで観た感じです。

一組の夫婦のすれ違いが思わぬ事態へと発展していくさまを、イランの社会事情を背景に描く。

テヘランに暮らす夫婦ナデルとシミン。妻のシミンは娘の将来を考え、海外への移住を計画していた。しかし準備が進む中、夫のナデルは、アルツハイマー病を抱える父を残しては行けないと言い出す。夫婦の意見は平行線を辿り、ついには裁判所に離婚を申請する事態に…。

心の葛藤を丁寧に…丁寧に。
otomisan

otomisanの感想・評価

4.0
 公けの審問所で妻シミンは娘テルメ―の成長にイランの地は好ましくないと平然という。アフガンならタリバンが、イラクなら公安が黙ってはいないだろう。ではシリアなら?訴える先を探すより難民として出国してしまうのだろう。
 しかし、ここイランでは夫ナデルと妻シミンの仲は他国への移住で拗れて離婚の危機にまで至ってしまう。そうまでしてシミンがイランを出たがる理由が何か?夫婦の別居で始まって離婚手続きで終わる間に一家が抱えたもうひとつの係争を眺めると分かる気がしてくる。

 ナデルは別居する妻の伝手で認知症の父親の面倒をヘルパー、ラジエーに依頼するがそれが不手際で事故続き、金までなくなったとしてナデルが彼女を追い出せば、そこからラジエーの流産、ナデルの殺人容疑につながり、ナデルからは父親の監禁容疑でラジエーへの訴え返しまで発展する。
 前の作品「彼女の消えた海」でもおなじみの嘘の応酬、脅迫、法廷外闘争にもちろん示談もあっていろいろだが、どこをとっても娘に対して胸張って父さん母さんを信じて目を逸らしてはいけないなんて言えないだろう。
 あの娘テルメ―の恐る恐る生きているような覚束なさなんだが、こんな大人たちの闘場を目の当たりにしながら同じような大人になっていくんだろうか。するとこれを嫌ってテルメ―は母親と共に移住を望むのだろうか?それとも、うそを吐くし姑息さも隠し切れないけれども示談を受け容れて妻とよりを戻す望みをつないだ父親につくのだろうか。
 それを考えるうえでカギとなるのはナデルの殺人容疑だが、ナデルが示談の条件として、流産の原因がナデルにあると神に誓って言え、とラジエーに求める件である。これに応じられないラジエーの懸念もまた、神に偽りの誓いをして、その災いが自分の娘に及ぶ事にある。

 どちらの親も子どものために矛を収める格好だが、シミンとナデルだけは子の面倒見で対決となる。テルメ―がどちらを選ぶのか知らないが、母親と出国したところで、行った先でイラン流に係争を持って、今はまだ11歳のテルメ―だがいずれ親と同じようなイランの女に成長してゆくんだろう。
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