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トラスト・ミーのgenarowlandsのレビュー・感想・評価

トラスト・ミー(1990年製作の映画)
4.3
ハル・ハートリー監督、エイドリアン・シェリー主演なのでラブリーなお話かと思っていたら、しょっぱなからヘビーで、家族の痛みにがんじがらめになった子供たちが、心に抱えていた爆弾💣️をきちんと爆発させた話だった。書き出したら長文になってしまいました。まとめられない💦家族について正直に多面的に描いた傑作です。

以下、長文です。

妊娠と親の死を通して親と向き合い、親の思いに気づいた子供たち、その姿を通して、親もまた子供から学んでいく。親が自分に向き合わなかった分、喪失感のしわ寄せを子供に担わせていた。マリアの母親も、マシューの父親も束縛と支配では子供たちの成長を止めることができないのはわかっているのに、子離れできない。子供を罰することで親というアイデンティティが生じる。

誰の気持ちもわかってじわじわきた。

家族とはねばねばくっついて離れられないもの。そこから精神的にも自立しようとするのは本当は簡単じゃない。アメリカの映画でこんなにねばねばした家族の情の本音トークしているのを初めて観た。

「心配」と言う親の支配。
「自立」と言う子の甘え。

マリアの母親役のメリット・ネルソンの熟した演技が素晴らしくて調べても見つからない。舞台女優なのかな。

マリアとマシューの二人の関係には影しか見えない。

「トラスト・ミー」
この状況では親に言う言葉なのに、マシューに言うのは、マリアはマシューを亡くなった父親代わりにしていて、子供なんだと思うし、危険な匂いに惹かれてしまうのも現実が見えていないから。マシューはぶちギレの父親に育てられ、同じようになりそう。

マリアの母親が夫にしていたような、形だけの愛し方しかマリアはできない。マリア役のエイドリアン・シェリーは個性的で、そしてすごく冷静。

この二人はうまくいかないと思う。情感を表さないマリアをマシューは楽だと思うが。マリアはマシューの知識を超えて自分で考えることができるようになり、マシューを超えていくと思う。いずれマシューから自立していくだろう。

親の夫婦関係の型を子供は踏襲し、これが愛し方なのだと学ぶ。

マシューは絶対君主の父親と同じ夫になり不完全を許さなくなる。マリアは夫に向き合わない妻になる。マリアが父親を失った喪失感でマシューを父親代わりにするならなおさら母親の愛し方に倣うと思う。

また、マリアがマシューをかわいそうだからと言ったのを、とても危険に感じた。キレやすい男の家庭事情から本人をかわいそうと思うのはDVの始まり。

マシューが父親以外をモデルにできるか、父親譲りの完璧症を自分自身心地悪いと思えるようになれるかどうか、心に抱えた爆弾を自身で認識できるかは他人と暮らす上で大きなポイント。

理想の完璧な家族なんてあり得ない。そう思えたら逆に家から出られないし、完璧な家族と婚姻関係を結ばなければならなくなる。完璧は不完全だ。完全な家族ってなんだろう。完全、完璧な人間がいないのに。いびつで捻れていて欠けていて不自由で不完全な凸凹家族も、家族の一員の成長によって変わっていく。ただし両親の関係は子供の夫婦関係に影響するが。

形だけの夫婦は、ベンチで出会った婦人と母。それを非難できない。母は娘たちのために別れなかった。ふつうを装うことの苦痛を抑えながら。


「トラスト・ミー」
マリアはマシューを支えたいと思ったのだろうが、「やめなさい」とマリアの母のように私も言いたい。

でも、失敗も人生。結婚の一回や二回。経験してみないとわからない。マシューが万が一マリアにも暴力を振るったら即戻って来なさいと、扉を開けておくだろう。

エイドリアンが出ていると現実離れした雰囲気になるが、非常にリアルでヘビーな作品で考えさせられた。傑作です。
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