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ふしぎの国のアリスのrensaurusのレビュー・感想・評価

ふしぎの国のアリス(1951年製作の映画)
4.8
ナンセンス文学特有の『意味のなさ』、『作為のなさ』が気持ち良い。そしてそれをディズニーなりのアニメーションに落とし込み、一本の長編作品としてやりきった心意気にまで拍手を送りたくなる作品。

空想癖のあるアリスの空想が具現化した夢の中が繰り広げられる本作。同様に空想癖のある自分にとって、夢のようでもあり、身につまされる部分もある。

我々は日々、意味を考えたり、作品から意味を読み解こうと鑑賞したりするが、その思考にうんざりしたとき、『ナンセンス文学』は光り輝く。

そしてナンセンス文学に欠かせないのがライミング。意味のない単語を繋げる際に、これがあると無理がなくなる。本作はさらにそれをリズミカルにし、ミュージカル調に仕上げているため、鑑賞ハードルも低くて素晴らしい。ただ、吹き替えより英語で観た方が、ライミングがしっかりされていると思います。

そして何より、夢が覚めるエンディングで終わるということ。夢は終わってこそ夢であり、終わらない夢はもはや夢ではいられないのだ。目覚めも、木陰で見た白昼夢の微睡みのような空気感があり、とっても気持ち良さそう。

あんなにしっちゃかめっちゃかな内容なのに、デザインにはポップさがあり、曲はキャッチーで、世界観にある種のまとまりがあるのがすごい。絶妙なバランス感覚で作られた名作だと思います。

(追記)
アリスが夢に入る前、「私の世界では全てがあべこべで…」と誇るように語っていたものの、夢の中のアリスは降りかかる出来事に苛立ったり、呆れたり、否定するような態度を取る。

これは、実世界でアリスが他者から向けられている態度なのではないだろうか。その他者評価が内面化し、自分の世界にまで他者の視点を向けてしまっている。そう考えると、実はアリスは自分の世界に自信が持てず、自分のありのままを受け入れられていないのかも知れない。

そしてアリスは懐中時計を持った白うさぎに好奇心を突き動かされ、何の疑いもせずに追っていくが、その白うさぎは時間に終われ、神経質で、嫌に偉そうな大人そのものなのではないか。「大人」を必死に追っているから、「自分」を軽んじてしまっているのではないだろうか。
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