うめ

キャバレーのうめのレビュー・感想・評価

キャバレー(1972年製作の映画)
4.6
 アカデミー賞関連作、鑑賞その13。第45回アカデミー賞で、監督賞、主演女優賞を含む8部門で受賞した作品。放送していたので、ついつい鑑賞。1931年のドイツにあるキャバレーで働くサリーとイギリスからやって来た青年ブライアンの関係を、エムシーが取り仕切るキャバレーの歌やダンスを織り交ぜながら描き出していく。

 初見の時はとにかく歌しか頭に残らなかったけれど、今回再鑑賞をしたら、キャバレーでのパフォーマンスの奥に色々なことが隠されていたことがよくわかった。

 主人公サリーの物語を語るのは、エムシーと言ってもいいかもしれない。もっと言うと、彼は今作の案内役だ。彼はキャバレーの舞台からあらゆることを語る。そのキャバレーのパフォーマンスは、ワイマール期のドイツだけあって頽廃的だ。派手なメイクや衣装、照明に溢れた舞台で踊り歌う姿はこの頃の文化をよく表している。そこでおどけてみせるエムシーや演者の姿が観客目線で写される。おどけては笑うエムシー、それを見て笑う観客…頽廃的なはずなのに、どこか生き生きとした場面に見えるのは、このキャバレーの舞台に反して現実が恐ろしいものへと少しずつ変化しているからである。

 1930年はまさにナチが台頭し始めてきている時期。ナチ党員がうろつき、反ユダヤ主義が広がりを見せる。今作は、この現実をサリーの物語に自然な形で盛り込むことに成功している。ちょっとした会話や街の様子から、見え隠れする不穏な空気。これはストーリー展開とそれほど関わりがないように見えて、実は非常に密に関わっていることが、登場人物たちの設定や後半の展開で見えてくる。その現実と上記のキャバレーの舞台とのバランスと対比が絶妙であるのが今作の特徴の一つである。

 そして…そこに合わさるライザ・ミネリの存在感たるや!サリーはハマり役である。彼女の歌唱力はもちろんのこと、顔や話す声も特徴的でキャバレーで働く女性の雰囲気にぴったりだ。あのメイクやネイルの色は非常に目を引いた。同様にジョエル・グレイが演じるエムシーもいなければ、物語は始まらない。彼の愉快で、しかし怪しげな笑みは今作の根底にあるテーマを表しているようである。

 ラストにサリーが歌う"Cabaret"の中に「人生はキャバレー」という歌詞がある。おどけ歌い、笑い、笑われ…それでもサリーは舞台で歌う。この先に何があっても、舞台に立ち続けると言わんばかりの力強い歌声で。それを聞いていると、作品全体に貫かれていた舞台と現実の皮肉的な対比など吹っ飛んでしまう。彼女の強い意志が何もかもを圧倒しているような歌唱シーンだった。

 正直サリーの物語自体はそれほどのものではないのだが、それを取り囲む描写や演技が素晴らしく惹き込まれてしまう作品だ。ミュージカル好きじゃなくとも、一度は見て欲しい作品。是非。
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