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国境は燃えているのkojikojiのレビュー・感想・評価

国境は燃えている(1965年製作の映画)
3.5
ジャケ写は誰か?
魅力的な視線は、アンナ・カリーナなのか?

と思ったが、そんなはずはない。例え彼女がこの映画では、ゴダール時代とは全く違った演技を見せていると言われても、顔がそんなに変わるはずがない。

そう、そんなはずは、やっぱり、なかった。
彼女はマリー・ラフォレだ。

考えてみると「太陽がいっぱい」以外、彼女の映画は観たことがなかった。こんな感じの女優さんなのかと新鮮に感じた。

第二次大戦下の1940年、ギリシャ全土はドイツ、イタリア両軍の占領下におかれた。
歩兵中尉マルチーノ(T・ミリアン)は12名の慰安婦をいくつかの部隊に運ぶという任務を受ける。
そんな慰安婦の中に、エフティキア(マリー・ラフォレ)がいた。彼は無口な彼女に、いつの間にか心を惹かれはじめる。

彼等のトラックは、奥地に入るにしたがって、ギリシャ人のパルチザンが出現する危険な道を通らなければならない。

そしてある日、いきなりパルチザンの銃撃にあった。女の一人エレニツァ(アンナ・カリーナ)が胸に銃弾を受けてしまうのだった。


慰安婦の扱いは、確かに兵士の慰めだからもてはやされはするものの、扱いは動物と変わらない。上官が望めばそれが優先される。
酷い時代だ。

この慰安婦を、いくつかの部隊に届ける旅はパルチザンの襲撃を常に感じながらの一種のロードムービーだ。この旅でいつしか三つのカップルが生まれる。このカップルのそれぞれの愛の形を描くことで、彼等の人生模様が見えてくる。
パルチザン、黒シャツ隊など、映画「1900年」で登場するイタリアのこの時代を語るのに欠かせない勢力が顔を出している。
この映画では、黒シャツ隊、つまりファシストの方が彼等の味方の扱いで、パルチザンの方を敵化している。
パルチザンと言ってもギリシャのパルチザンではあるが。

面白いかと聞かれたら、豪華な俳優陣は見ものなのだが、面白いというよりは、変わった映画の印象だ。

#1465 2023-497
1965年 イタリア🇮🇹映画
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