真鍋新一

恐怖の逢びきの真鍋新一のレビュー・感想・評価

恐怖の逢びき(1955年製作の映画)
3.0
市ヶ谷のスペイン語教室が、10/6のスペイン映画の日を記念してタダで見せてくれると言うのでいそいそと行ってきた。1955年のクラシック・サスペンス。監督はあのハビエム・バルデムの伯父だそうだ。

「スペイン版フィルムノワールの傑作!」といういかにも映画オタクが喜びそうな煽り文句にまんまとそそられて観てみたが、フィルムノワール的な犯罪と不倫はあくまでもひとつの要素で、むしろ当時のスペイン国内の状況がしのばれる社会的なメッセージを強く感じる。

スペインは第二次大戦には参戦はしなかったがナチスら枢軸国側を支援していたために敗戦とまでは行かないまでも国の荒廃を招いた。戦後10年の時点でも貧富の差がひどく、廃墟で遊ぶ子どもたちのカットや、貧民街が出てくる場面で監督の言いたいことがわかりやすく出てくる。

主人公の女性は不倫とひき逃げがバレないかどうかばかりを気にしていてあまり感情移入しづらいので、曲者の登場で何度かバレそうな雰囲気になってもやたらと思わせぶりなだけであまりサスペンス感がない。基本的に画面は明るいし、登場人物も基本的に言いたいことをバキバキと言うので、緻密な駆け引きもなかなか出てこず、そういう意味でもフィルムノワール感はそれほどでもない。

とはいえ、登場人物全員集合ですべての秘密がバレてしまいそうな場面はひとつのクライマックスで、大音量のフラメンコギターを背景に、人と人がなにを話しているかをわざと聞かせない細かいカットバックは見事。場面展開も序盤からクセがあり、次はこうくるだろう、という流れで全然違う場面に飛ばすスタイルは面白かった。

この映画をあまりフィルムノワールらしくなくしているのは、不運続きのなかでもどうにかして人としてまっとうな道を探ろうとする不倫相手の男のキャラクターによるところも多いと思う。この男の良心はこの映画の良心でもあるが、映画全体の印象を清らかにしてしまうので、起こっている出来事を浄化してしまうのである。


映画オタクの言うことを信用してはいけない。
真鍋新一

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