レインウォッチャー

シャッター アイランドのレインウォッチャーのレビュー・感想・評価

シャッター アイランド(2009年製作の映画)
4.5
ああもう、あらゆる映画よこうであれ。

ゼロ年代あたりのスコセッシ監督は、原作があったりする色々なジャンルもので実験を繰り返していた(主にディカプリオさんをモルモットに)時期だと思う。中でも今作は顕著で、ミステリ、サスペンス、そしてホラーへと接近している。

絶海の孤島に建つ精神病院に、ある事件の調査のため訪れた連邦保安官テディ(L・ディカプリオ)。不気味な患者や職員に囲まれながら調査を進めるうち、過去の従軍体験や家族に関する心の古傷が開き、次第に心身のバランスを崩していく…

といった、《限界環境の中で己の心の闇と対峙する》とか《これは夢か現実か》、《水の多様な使い方》、更にクラシックでコントラスト強め秋冬カラーの抜群に美しい画面…と、わたしが好きなものばっかり入っているのでどうしても依怙贔屓しちゃう。なんですか今日はお誕生日ですか。

特にお気に入りな場面がふたつあって、一つはテディが夢の中で亡き妻(M・ウィリアムズ)と会話するシーン。
暗く寒々しい現実(精神病院)とは打って変わって、こころ安らかなグリーンと暖かな黄金色の陽光を基調にした「ホーム」の中で、ひととき妻の想い出と再会する。しかし、やがて黒い灰が降ってきて…

ディカプリオの瞳や、ウィリアムズの髪・口紅の色など含めて、すべてがクリムトの絵画のような幻想世界で調和している。そして、静かに流れだすのは後年『メッセージ』でも印象的に使われるマックス・リヒターの弦楽曲『On the Nature of Daylight』だ。(奇しくも、いずれも《記憶》にまつわる映画といえるところが面白い。)(※1)

こんなに完璧な画面ってなかなかお目にかかれない。感情的にも、テディの抱える傷と、彼が目を背けたいもの、そして同時に何より「取り戻したい」と思っているものが残酷なほどの色彩の対比から伝わってくる。過言でなく、この場面だけで涙が出てしまうのだ。

もうひとつは、病院の中でも特に重篤(危険)な患者が収容されている「C棟」内部の場面だ。
ここはもうはっきりお化け屋敷展開というか、『CUBE』ですか?って思えるくらい底知れない迷宮の闇が広がっている。紛れもなくここはテディの深層へと繋がっていて、彼が閉じ込めているものと対面する場所なのだ。

今作はいわゆる初見殺し的な、ミステリらしい結末が用意されている。ともすれば、そこだけが取り沙汰されて語られることもあるだろう。
確かにこの点は今作の大きな見どころではあるけれど、真に見事なのは、オチはオチとしてその先で主人公が何を《選択》したのか、に決着させていることだと思う。

そのゴールに至るまでにすべての時間が丁寧に積み重ねられていて、苦しいながらも深い納得感を残す。
だからこそ、何度でも観ることができる。わたしも今回久しぶりの再見だったけれど、やはり引き込まれてしまった。連想が連想を呼んで、破片が集まり、徐々に形を為していく…ああもう、あらゆる映画よこうであれ。

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※1:他にも様々な作曲家の楽曲が使われているけれど、リゲティ、ペンデレツキ…とか現代音楽多め。そんな中、マーラーのピアノ四重奏曲は物語の中で豊かに機能する。
マーラーが後年に残した唯一といわれる室内楽曲で、かつ終章が失われてしまった未完の曲ともいわれる。この失われた楽章は、やはり病院から消えた「67人目の患者」と符合するのだろうか。