sleepy

裸のキッスのsleepyのレビュー・感想・評価

裸のキッス(1964年製作の映画)
4.5
完全な人間がどこにいるか。*****



原題The Naked Kiss、1964年、米、B&W、90分

ラストネタバレ、というのはままあるが、本作はいきなり・・・から始まり、観る者を驚かせる。しかも二重に。
ケリー(パワーズ)はコールガール。ある日のどかなある町へ流れてくる。そこで出会う街のグリフ警部(アイズリー)。彼は彼女に町を離れるよう促すが、彼女は商売を止めて、父母と離された手足の不自由な子供たちのリハビリ施設で働き始める。ケリーは警部の軍隊時代の親友、グラント(ダンテ)と恋に落ち、結婚しようということになるが、グラントのある嗜好を知ったケリーを襲う出来事。投げつけられるある言葉・・。

「映画とは何か?」との質問に、戦場のようなものだ。愛、憎しみ、アクション、暴力、そして死。要するに、エモーションだ、と答えたフラーだが、本作もまさにピタリと当てはまる。焦燥、怒り、欺瞞、失意等のエモーションが熱く画面から滔々と流れる。
鋭い人間洞察と自身の立ち位置の宣言。画面が脈打つように、呼吸しているようにさえ感じる瞬間。
また、「カメラを動かすこと、人物を動かすことは必ずしも必要ではない。重要なことは、観客の感情が動くということだ。私はそれをエモーションの映画と呼ぶ」とも言う(Garnham, Nicholas, Samuel Fuller. New York: The Viking Press, 1971. p. 34)。
一見分かり易い個性とは違うし、ビジュアリストとも違うが、フラーを凡庸な監督と隔てるものは何か。それにはまだフラー作品を観なければならないが、ひとまずそれは本人の上記発言にそのまま表れていると思う。人間の生々しい別の面が激しく立ち上がる。腐臭が、錆びくさい味が、まとわりつく皮膚感覚がある。

本作でイノセントなのは子供たちだけ。というか「子供」が1つのキーワードである。画面にも作劇上も頻出し、重大な枠割りが当てられている。縄跳びをする子、乳母車、何より繰り返し映されるリハビリ施設の子供たち・・。年齢・人種もさまざまな彼らのストレートで幸不幸をしらない瞳、そして幸不幸を知るケリーの溢れる母性とシンパシー。彼女は母性の光として、悪徳の栄えるスモールタウンの子供たちを照らす。そして子供たちは救済の光として鉄格子の中の彼女を照らす。

施設で子供たちが歌う「Mommy Dear」(原曲は、Little Child (Daddy Dear) という名で知られる)。歌詞から来る感傷を超えた何かが雪崩をうって迫ってきて震えた。この歌うシーンの「画」に、何か異常な力で以って揺さぶられた。通常、映画の中で歌を使うと、歌詞自体にごまかされることがあるが、本作はそうではない。フラーの作劇は強靭だ。

個人的な拙訳を書く。間違いはご勘弁ください。
〇「Mommy Dear」(Little Child (Daddy Dear))
パパ、世界は本当に廻っているの?
幸せの青い鳥はどこにいるの?
なぜこの高い空はこんなに青いの?
パパも小さかったとき、私みたいに泣いたの?
太陽は海に沈んでどこに行くの?
誰がまた世界を明るく照らすの?
なぜ私には空を飛べる翼がないの?
パパはどうして泣いているの?

小さきわが子よ、世界はほんとに廻っているよ
お前が探している青い鳥はきっと見つかるよ
ちゃんと探せば青い鳥が見つかるように、
空は明るく青く晴れているよ
太陽は見えなくなっても無くならないよ
月が明るく輝くように道を譲っているんだよ
鳥に翼がいらなくなってしまうからお前に翼がないんだよ
パパが泣いているのは、お前がそんなことを訊くからさ

パパ、泣かないで、確かに世界は廻っているわ
青い鳥が見つかるまで、この世界中を探してあげるから
小さきわが子よ 世界中を探さなくても
青い鳥はいまお前のそばにいるよ
どこにいるか教えて 青い鳥を見つけてパパにあげるから
青い鳥はお前のけがれのない心の中にいるよ
そしてお前を授かった日から青い鳥は私の中にいるよ

本作ではDaddyをMommyに変えて歌われる。

エリーは子供たちの守護天使として多くの人に受け入れられるが、同時にスモールタウンに流れてきた現状を揺るがすアウトローであり、頽廃を直視し適示する異物として捉えられる。しかし、ケリーもグリフもある種の欠陥を抱えた不完全な人間と言える(完全な人間がどこにいるか)。
一方で人の人間らしさを高らかに宣言する。ケリーは陽のあたる場所へと向かうが、この端境を超えることの難しさをケリーに降りかかる困難が表しているように思える。身体と精神の、善意と悪意の、利用する者とされる者の、そして影と光の軋轢がギシギシと音を立てる。

フラーは光を希求する人の葛藤を、確固たる映画への熱と創意を以って撮り上げた。何度も観られて楽しい、という映画ではもちろんないが、1つのフィルムの中に気高さと醜さが同居している。監督の言葉のままのエモーションがここにある。

★オリジナルデータ:
原題The Naked Kiss,1964, US, オリジナルアスペクト(もちろん劇場公開時比を指す)1.85:1, Spherical, 90min、B&W, Mono, 35mmフィルム
sleepy

sleepy