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風の又三郎のmidoredのレビュー・感想・評価

風の又三郎(1940年製作の映画)
5.0
「まだ、又三郎がそばにいるみたいだな」

泣きました。これぞエコロジー。宮沢賢治が『風の又三郎』で言いたかったことをちゃんと理解して、真正面から作った映画版『風の又三郎』です。画面から生命の輝きがあふれてモノクロなのに樹々の緑や青空が見えてくるようでした。

1940年というと、その翌年に日本は真珠湾攻撃から太平洋戦争に突入するという大変な時代です。作中、小学生が日の丸に向かって頭を下げていたりもします。

でもそれ以外はほのぼのしたものです。動物や植物、風や雷と、ごく自然に一体化して生きる子供が丁寧に描かれていました。

風変わりな転校生に「風の又三郎」という、大自然の化身を見た子供らは、畏れと親しみを覚えます。これは、自然を征服と管理の対象とはみなさず、畏敬の念を持って、己もその一部として生きてきたエコロジカルな日本人の姿そのものではないかと思いました。

楽しそうに全力で野をかける馬の姿を見ているだけで、子供らの視線になって感動してしまいます。そうした映画です。子供たちの生き生きした体験を通して現れる自然や動物が本当の主人公だと思います。

ただ、製作された時代が時代なので、もしかしたら、「西欧とは違う、日本独自の誇るべき精神文化」を子供らに教化するべく作られたナショナリズムに基づくプロパガンダという側面もあるかもしれないなとは思いました。やはり日の丸がどうしても気になります。

いい具合に泣ける映画だというのがまた気になる。日本政府が国内に地対艦ミサイルを設置してセレモニーなんかしているきな臭い今、そのまま感動していていいものかどうか複雑な気分です。

しかし明治以降の国家神道はあくまでも富国強兵を目的として作られた新興宗教であり、風の又三郎に描かれているようなアニミズム的自然崇拝とは全くの別物なので、この映画も軍国主義とは関係のない内容だとは思います。

ミレニアムもだいぶ過ぎ、グローバルで自然破壊が進んだ今みると、これは国の枠組みに関係なく誇って然るべき精神文化だったと改めて思います。なのに現代日本人は相変わらずの西洋かぶれで、GDPという数字ばかり大事にして、立派な樹木を切り倒しては味気ないビルを立てまくる。まことに嘆かわしい限りです。

昔エコロジカルを売りにした商品に「地球に優しい」というコピーをつけるのが流行りましたが、これなども地球を客体化し、自由にもてあそべる所有物のように人間から切り離している西洋的な言葉です。そんな思想でもってゴミから石鹸や服を作ってみたところでまったくエコロジーではありません。お為ごかしで状況が悪化する分むしろ逆です。本当のエコロジーとはこの『風の又三郎』のような、人間も動植物も、雷も山も区別なく一体化した世界を生きることではないかと思います。
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