アニマル泉

鍬と星のアニマル泉のレビュー・感想・評価

鍬と星(1936年製作の映画)
4.5
「鍬(すき)と星」とはアイルランド独立を目指す市民軍の旗印。本作は戯曲の映画化でフォードはRKOと随分揉めたらしい。フォードは芝居と同じ役者でやりたかったのだがRKOが興行的にバーバラ・スタンウィックとスペンサー・トレイシーを入れようとして結局プレストン・フォスターになったらしい。さらにRKO側が夫婦の物語では当たらないのでラブストーリーにしようと結婚前の場面をフォードなしでリテイクしたが公開には至らなかったようだ。RKO白黒スタンダード。脚本ダドリー・ニコルズ。
トップカット、夜のダブリンの街灯に火を灯す。歌が流れるアイルランド独立の蜂起の夜、ビラを見て不安気に振り返るノラ(バーバラ・スタンウィック)のアップ。劇伴奏が始まりノラが扉を開けてアパートに帰る。ここからのノラと夫のジャック・クリドロー(プレストン・フォスター)の長い部屋の場面が素晴らしい。
窓辺で下を見ているジャック、カーテンを開けると外光で煙草の煙が浮かび上がる、窓際の椅子に座るジャックに抱きつくノラ、往来で男たちが歌うのに合わせて伴奏するジャック、その歌のなかでノラがランプを消す、窓のシャッターを下ろす、官能的だ、ノラがもう一つの窓のシャッターを下ろそうとして見下ろす、見た目の俯瞰ショットで蜂起部隊が集結している、ノラが窓のシャッターを閉め切る、室内に闇が広がる、ドアに鍵をかける、蜂起部隊からの招集が来る、再びランプを灯す、指揮官になっている令状、手紙を燃やしていたノラをなじるジャック、絶望のノラのアップにジャックが出ていく音が被る。
この長い室内場面が充実しているのは①光の明滅のスリルと官能②窓辺に人物をたたずませる上手さ③見下ろすことで本作が「高さ」の映画である事を明示してクライマックスの屋根上からの狙撃と逃走に繋がっていく、という点だ。
このあとジャックが外へ出て見上げると初めて外からの窓ごしのノラになる。ガラスごしの女性のアップはフォードの好きなショットだ。
酒場の乱闘はフォードの十八番。女同士の背中合わせの喧嘩が面白い。店主に摘み出されるたびに石で店のウィンドウを粉々にする。挙句の果てに店主までウィンドウを割ってしまう。掠奪の場面もガラス越しに子供たちが石を一斉になげてショーウィンドウが粉々になる。酔っ払いのフルーサー(バリー・フィッツジェラルド)が素晴らしい。
ノラの一途さにバーバラ・スタンウィックが演じると狂気が宿るのが面白い。ラブシーンも抱きつくスピードが素晴らしい。フォード作品のヒロインは強いのだが、その中でもバーバラ・スタンウィックは異色だ。銃撃の嵐の中を夫を求めてノラが彷徨うショットに呆然とした。
クライマックスのジャックの屋根からの狙撃は「高さ」の主題だ。俯瞰ショットが効いている。そして逃走、屋根から次々に滑り落ちていくのが残酷だ。ジャックは屋根裏部屋に潜り込む。
男は戦い、女は愛する。
病弱の少女モルサー(ボニータ・グランヴィル)が印象的だ。ノラとモルサーの二人の場面が素晴らしい。冒頭でジャックに取り残されたノラにモルサーが寄り添う窓辺の二人、フォードは地面に女性を座らせるのが好きだが、玄関前で赤ん坊をあやして座る二人の場面、いずれもフォードならではの芝居空間を創り出している。
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