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エル・スールのきのレビュー・感想・評価

エル・スール(1982年製作の映画)
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ビクトル・エリセ、30年ぶりの長編映画発表、公開ということで『エル・スール』を見直した。原作にあった南へ出発後が描かれなかったのは、予算の都合があわず、1部では北を、2部では南を描く予定が1部のみの北での出来事だけになったということだった(そうなんだ)。はじめて観たときもおもったけれど、北だけのこの映画が完璧だとおもったし、父=el sur(南)のことは知りえなかったはmisteryとして、謎のままに終わるというのが、内戦、それによって運命づけられた人生、こうでなかったはずの人生というものを理解することは難しいこと、それでも、エストレリャのようにそのつどまなざし、知ろうとすること自体が重要なのではと受け取っていたので、第二部が作られていたらどうなってたんだろうとおもったりなどしたりする。でもやっぱり、第二部はなくて正解だったように思える。

冒頭、薄暗さからじょじょに明るくなっていく夜明けに犬の鳴き声がかさなる美しいショット、エリセは暗闇を恐れないよね(初聖体拝受のとき、暗闇からぬっと出てきた父アウグスティンとか)。荒涼とした町、青空なんていっさい映らず、いつもどんより曇った空、淡々とした日々に少しだけ不穏さも混じる日常。霊力によって振り子を使いこなす父アウグスティンが、振り子をエストレリャの枕元に置いて家を出る。父はもう帰らない。幼少期から成長するあいだに憧れと尊敬とともに眺めていた父と、父に幻滅するまでを描いた本作は、壮大なひとりの人間の分からなさをただひたすら描いていると感じている。少女のナレーションにもあった通り、そばにいない父との対比でずっとそばにいた母の存在があまりにも希薄すぎていた。
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