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ゾディアックのkaneのレビュー・感想・評価

ゾディアック(2006年製作の映画)
3.8
なるほど、観てみてこの作品の賛否が分かれる理由がわかった。
ストーリーに綺麗な起承転結があるわけでもなく、人物の描写も比較的控えめだ。それだけだと退屈な映画のように思われるが、そうしないのがフィンチャー監督の演出手腕。終始、緊迫感あるいは不安定さがつきまとい、痺れる感覚を味わう。それに事件の特異性が合わさり皮肉にもドラマチックに映り、うっかり実話に基づいた映画ということを忘れてしまった。
そしてエンドロールでフィクションではないということを改めて突きつけられ、グサリと刺されたような痛みと言うより、腹部を殴打された時のような鈍痛が残った。

この映画の最も優れている所は、何と言っても行き場を失ったモヤモヤ感だろう。事件の犯人の目星があるにはあるが、証拠不十分で捕まえることができない。挙げ句の果てには容疑者が病死してしまい、後に科学的にも無罪ということが証明されてしまう。しかし客観的に見ればやっぱりあいつが怪しいし…という具合に物語に結末が存在していない。正義が執行されない、システムや体制の不条理さに対する不満を感じ、そしてそれ以上に、その正義が果たして本当に正義であるのかさえ確信が持てないのだ。
劇中では、登場人物のそういった心の揺らぎが精密に大胆に描かれ、自分自身もその世界に介入しているような錯覚に陥った。

下品な例えになるが、この残尿感を良しとするかどうかが評価の分かれ目だろう。
淡々としていてガツンと来るものがないからつまらないと判断することもできるが、僕はそれがこの作品においてはプラスに作用しているように思う。作品の現実への融解度と言えばいいか、観終わった後、まさにその世界に自分がいてしまうことの恐怖であり、ちょっとの高揚がそのまま現実に持ち込まれる。
実話系映画の一番の利点が発揮された成功例である。

「現実は小説よりも奇なり」という言葉がとても似合う作品で、小説のように誰かの手によって整えられた世界ではなく、そんな不安定な世界に僕らは生きているのだろう。そして、そのアンバランスを受け入れることによってバランスを保っているということを改めて実感させられた。
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