やすやす

栄光のランナー 1936ベルリンのやすやすのレビュー・感想・評価

4.4
私がジェシー・オーエンスという米国の陸上
選手の名を知ったのは1984年のロス五輪の時、
カール・ルイスがオーエンス以来の偉業に挑む
と盛んに話題に上っていた。
両者に共通するのは黒人であること。わざわざ
人種を強調するのは今作において極めて重要な
意味を持つからだ。
オーエンスが成し遂げた偉業とは?
1936年のベルリン五輪で多くの金メダルを獲
得しただけにとどまらない。
その五輪はナチスの白人、とりわけゲルマン民
族の優位を世界に示すプロバガンダに利用され
ていた。オーエンス自身の本心はともかく結果
としてヒトラーに一泡を吹かせ打撃を与えたこ
とになる。ヒトラーがメダリストと握手する慣
例を破りオーエンスに対して見せた行為は伝説
と化すほどに有名だ。

今作はその偉業が実は数々の困難な障害を乗り
越えた末に果たせた事実を描いている。
米国内の黒人への根強い差別、出場の賛否で激
しく揉めた米国五輪委員会、公民権団体による
オーエンスへのボイコット要請、そして、五輪
の走り幅跳びにおける予選落ちの危機。この絶
体絶命のピンチを救ったのが金メダルを競うラ
イバルであるはずのドイツ選手だった。このド
イツ選手を演じたのが「キーパーある兵士の奇
跡」の主役を演じたデヴィッド・クロスだ。
「キーパー」においての彼の堂々とした演技に
引き込まれたのが今作鑑賞のきっかけとなった。
人種、政治を超えて紡がれた美しきスポーツマ
ンシップと友情に胸が熱くなる。主役のオーエ
ンスを除き最も印象深い役柄だったこのドイツ
人選手の名はルッツ・ロング。鑑賞後は誰もが
彼の虜になり思わずネットでその名を検索して
しまうはずだ。

他にもナチのゲッベルス宣伝相、映画監督のリ
ーフェンシュタール、後の国際五輪委員会の大
物、ブランデージ会長ら実在の有名人物が登場
し作品に花を添えてドラマ性を引き立て魅力あ
る物語にしている。

映画はジェシー・オーエンスが五輪で偉業を果
たしても成し得なかった厳しい現実を最後にま
ざまざと突きつけてくる。
苦悩の末の歓喜のはずだったのに。人々が抱え
た闇の深さを思い知った。

21世紀の今もなお続く人種差別問題、ナチスの
思想といったいどこが違うのだろうか?
厳しく問いかけられた気がした。
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