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栄光のランナー 1936ベルリンの小のレビュー・感想・評価

3.6
1936年、ナチス独裁政権下で開催されたベルリンオリンピックにまつわる実話に基づく物語。映画の中に2つの物語がある。

ひとつはオリンピック史上初めて4冠を達成したアメリカ人で黒人の陸上選手ジェシー・オーエンスの物語。もうひとつは、アメリカでベルリンオリンピックボイコットの風潮が強まる中、参加を強力に後押しした、後のIOC会長アベリー・ブランデージの物語。

まず、ジェシーの物語から。当時はアメリカ国内でも差別は公然としてあった。シャワーはもちろん、バスの席も白人とは別。黒人を選手に使うなんて…、みたいな。

そんな中、オハイオ州立大学のコーチ、ラリー・スナイダーは能力本位でジェシーを登用する。そして、生活に困っていているジェシーを支え、時に親代わりとなってアドバイスする。前半はジェシーとラリーの絆の物語。

中盤、ジェシーはオリンピックに出場するべきかどうかで、もの凄く葛藤する。人種差別政策を推し進めるヒトラーは、アーリア人の優位性を誇示するためのプロパガンダとしてベルリンオリンピックを利用しようとする。

黒人団体からは、これに出場することはナチスを認めることになる半面、メダルを確実視されているジェシーが辞退すればベルリンオリンピックへの大きな批判になるとして、棄権を迫られる。

選手としては参加したいのは当たり前だけど、出場して敗れればヒトラーの主張を裏付けることになり、絶対に負けられない。強い反対がある中ではなおさらだ。そのプレッシャーたるや私の想像の及ぶところではない。

後半、オリンピックの場面では、走り幅跳びで金メダルを競ったドイツ人選手と、友情というか、お互いを尊重し合う関係構築する。ここではドイツ人選手がとった行動が凄い。彼のその後はかなり切ない。

一方、アベリーの物語はオリンピックの闇の部分を描いているようにも感じる。ユダヤ人の多いアメリカでは、ベルリンオリンピックをボイコットすべしという意見が勢いを増す中、アベリーはナチスの宣伝大臣ゲッベルスと会談し、しっかり取り引きをする。

そして、政治とスポーツは別と主張し、投票の結果オリンピック参加を勝ち取る。アベリーのガッツポーズはスポーツマンのそれと意味合いが違うように思える。

映画ではナチスの悪を際立たせるためかアベルとゲッベルスは、「お代官様」と「越後屋」みたいなベッタリした感じに描かれてはいない。

しかし、≪親ナチス的・ 反ユダヤ的な態度、あるいは人種主義的とも取れる言動は、たびたび論争の的となった≫とウィキペディアにあるから、実際には距離はもっと近かったのではないかと。

ジェシーが4つめの金メダルをとるきっかけとなるシーンでは、アベリーはただただ残念な人。ゲッベルスと同じ穴の狢とまではいかなくても、「お主も相当ワルよのう」だ。

オリンピックはわかるけど、人種差別の問題を題材とした映画を今、公開したのは何故か(アメリカ公開は2016年2月)。もっとエンタメ的にスカッと描こうとすればできなくはない素材だけど、様々な苦悩に重点を置いたのは何故か。

「カナリアの鳴き声が聞こえないよ」。この映画って、そんな感じ。
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