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私の殺した男のdoremifaのネタバレレビュー・内容・結末

私の殺した男(1932年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

70余りという尺で纏め切った傑作。

冒頭、第一次大戦の戦勝国であるフランスで終戦記念日のパレードが行われているシーンから始まるが、その行進を松葉杖で身体を支える片脚を失くした男のぽっかり空いた隙間から捉え、次のカットでは病院でPTSDに悩む男を写す。

主人公はドイツ兵を殺してしまったフランス兵で彼は赦しを乞うためにドイツ兵の両親と婚約者の元へ訪れる。

フランスを憎む父親だが、主人公が亡くなった息子のフランス在住時の友人だと勘違いし、歓迎する。主人公は事実を切り出すタイミングを失い、息子の婚約者とも良い仲になってしまうという最悪の展開に。
二人が町を歩いていると町の人々が次々と窓を開け、二人の動向を見張るシークエンスに凝縮された反仏感情?と田舎の閉鎖的なコミュニティ。ルビッチらしいリズミカルさ。

気持ちが入れ替わった父親が酒場で、息子を戦争に送り込んだのは両国の年老いた者たちなのにその犠牲者である兵士を責めるのは間違っていると言う台詞が素晴らしい。彼もまた戦争の罪を引き受ける。

事実を打ち明けられた婚約者は、一瞬の逡巡の後、老いた義両親を悲しませたくはないと決断し主人公に事実を隠しここで暮らすように促す。告白する際の時計の秒針の音の演出が上手い。
主人公は救われたのか。罪の意識に苛まされながらも告白できず、ある意味老人によって彼も殺されてしまったのではないか。しかし、嘘で人を救うことが出来るなら、その嘘は彼をも救うこともあるはず。ラストに響くシューマンの「トロイメライ」が彼なりの答えなのだろう。
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