ロリコン・ホイホイだと思う。
80年代前半のSF映画としては、B級というほど貶めるような出来ではないと思います。
それどころか、なかなかの力作なんじゃないかと思います。
とは思うんですが、やっぱり、どこか間違ってますよね。
ずばり、ドリュー・バリモアを主役に持て来たことが、この作品をへんてこりんな方向に持って行っちゃう元凶だったんじゃないでしょうか。
もう、「ドリュー・バリモア見せるだけ」ということが見え見えで、脚本もずさんで荒っぽいこと、このうえない。
一番いけないのはラストの改変でしょう。
原作ではラストにチャーリーが向かうのは公共図書館でした。
図書館のレファレンスサービスを使って、政府のひも付きでない、全国版のマスメディアを紹介してもらうところで終わっていたと思います。
このあたりに公共図書館で成長したキングの感性がとてもよく出ていたと思うし、アメリカの民主主義を体現した公共図書館というものの本質を描いていて、感動的だったのに…、
ニューヨークタイムズ紙に暴露するだけでいいのかな?
だいたい、この映画の展開だと、チャーリーは「ザ・ショップ」を焼き尽くしちゃったんだから、その存在を暴露する意味もなくなっちゃうように思うんだけどなぁ。
ちなみに原作で紹介された雑誌は「ローリング・ストーン誌」だったと思います。
観客の中にはドリュー・バリモア目当ての人もいたんだろうなぁ、ジョージ・C・スコット演じるレインバートにへんてこな思い入れがあったりしたんだろうなぁ…。
というわけで、この映画、なんだか、変態さん(ロリコンさん)の映画みたいでいかがなもんかなと思ってしまったのでした。
馬の名前もネクロマンサーだったりして。
このロリコン趣味が後のドリュー・バリモアの苦労を物語っている様な気がしました。
一番感心したのは、チャーリーの家のいたるところに消火器が置かれているという何げない描写かな。
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