Jeffrey

砂時計のJeffreyのレビュー・感想・評価

砂時計(1973年製作の映画)
5.0
「砂時計」

〜最初に一言、ノーランやドゥニの様なSF映画作家を凌駕する二通りの世界と過去を姿かたち変えずに登場人物が往復する前衛的かつ幻想的な神作である。これは視覚的に幻想絵巻が炸裂する幻惑の渦へと観客を誘う蠱惑映画である。今、私はカフカに触れた気がする…今年観た旧作映画のベスト3に入る傑作だ〜


冒頭、サナトリウム郊外の静かな森。治療中の父に会いに男が列車に乗る。病室と看護婦、切手帳、蝋人形館、鳥部屋の父子、祈りの食卓、廃室、万華鏡の錯覚。今、幻想的な世界が広がる…本作は 1973年にヴォイチェフ・イェジー・ハスが監督、脚本を務めた映画で、この度廃盤のDVDをようやく手にして初鑑賞したが映像美が傑作だ。ハスと言えば私のALL TIME BESTを揺るがしそうになった大傑作「サラゴサの写本」を監督したポーランド映画作家の中でもとてつもなく好きな監督の1人である。そんで、本作はその作品に劣らず歴史絵巻から幻想絵巻へとシフトした傑作である。

「サラゴサの写本」はめったに同じ作品を見ないと言うルイス・ブニュエルが繰り返し見た映画としてもシネフィルの中では有名だろう。本作の原作はブルーノ・シュルツで、彼がユダヤ系ポーランド人作家として美術家及び文芸批評家を経て、短編小説である"砂時計サナトリウム"と"春"を中心に、彼の様々な小説作品を自在に組み変え直して作り上げられたとされる幻想映画の秀作である。撮影はヴィトルド・ソボチンスキ、音楽はイェジー・マクシミウクが担当していて素晴らしい作品になっている。とりま視覚的にものすごく美しくて、こんな映画このご時世二度と作ることができないとひしひし伝わるような映像世界で圧倒される。

さて、物語は老朽化した列車の客席で眠り込んでいたユゼフに、盲目の車掌が目的地への到着を告げる。列車を降りたユゼフが父のいるサナトリウム(療養所)を訪れると、色情狂めいた若い看護婦とゴダール医師が彼を出迎える。父親は、荒廃しつつあるこの療養所ではかろうじて生きているが、俗世では既に死んだ存在らしい。しかもユゼフが療養所に足を踏み入れて以降、徐々に時間の流れが歪んだようになり、様々な過去が気まぐれに蘇り始める…。



本作の冒頭は、列車から見える鳥のシルエットが映し出るファースト・ショットで始まり、動くボロ列車の中に座り込む老人や床に横たわる子供や女の不気味なー点を見つめる眼差しの表情が数回のカット割りで映される。そして途中でタイトルロゴが出現し、不気味な音楽が止み列車内を歩く盲目の車掌が現れ、列車の車輪の音が強調され始める。カメラは、横へスライドし全体の風景を捉えつつ盲目の車掌を映す。彼は寝ている1人の男性に目的地へ到着したことを伝えるとその男は列車から降りる。カットは変わり、雪積もる外見はが古城のような所へとやってきた。ここは療養所であり、その男の父親がいるとされている場所である。男の名前はユゼフ。

彼は階段を上り荒廃した療養所へ入る。奇妙な音が鳴り、彼は周りを見渡しながらこの大きな施設内を歩き回る。そしてガラス張りの扉を開け隙間から向こうを観るが誰もいない。彼は扉を閉め、違う廊下を歩き出すとそこには破廉恥な姿のナースが出てくる。彼は長旅で疲れた、予約している部屋はどこにあると彼女に伝える。ナースは睡眠の時間です。先生は後ほどと言う。ここで2人の会話が続く。彼はまたもや施設の中を見渡しながらあちこち歩き回る。すると、水滴の音が強調されてくる。彼は両手で手を叩き音を出す。そして大きなショーウインドーからケーキを取り出すがナースがやってきて先生がお呼びですと伝え彼は先生と会う。

続いて、ユゼフは自分の父親がいる部屋へと案内され連れて来られる。そこには目を閉じている父親の姿がベッドの上にある。先生に色々と説明される。彼はそっと父親の手の上に自分の手のひらを乗せる。すると犬の遠吠えが窓から聞こえてくる。それを気にした彼は窓から外を覗くと1人の子供がいる。ユゼフは子供にアプローチするが子供は去ってしまう。するとスーツを着た男性がやってくる。しかし、その男性は先程到着した自分自身である。彼は自分を自分で今見ている最中である。やがて、徐々に時間の流れが歪み始め、彼は過去を体験し始めていくのである…と簡単に冒頭を説明するとこんな感じで、冒頭のシークエンス数秒経って、これ傑作確定と感じてしまうほどの素晴らしいもので、厭世的かつポーランド的な入り口で描かれ、ハスの長回しや独特のスタイルが画期的に映画の展開を進める。

本作は1973年にカンヌ国際映画祭審査員賞受賞となっているがもし私が審査委員長勤めていたらこの作品にパルムドールを与えてしまう。これほどまでに幻想的で、光と影のコントラストと豊かな色彩を成功かつ大規模に描いたのは今までに見たことがないことだ。長年映画を見てきたがこれほどまでに美しい映画も稀だ。なんともセットデザインが素晴らしく、それを手がけたアンジェイ・プウォツキとイエジー・スカルプジンスキーは74年度グダンスク映画祭最優秀セットデザイン賞を受賞しているようだ。私からすればオスカーものだ。決してオスカーが最高と言うのは私は思っていないが、世間一般的ではそう思いがちなのでそれに準ずるならオスカーを与えるべきレベルのフレーム作りに貢献している2人だ。

本作はイェジー・スコリモフスカ監修でポーランド映画祭2013年に上映作品として出品されたもので、その当時からタイトルは知っていたが、なかなか劇場に足を運べなくて、気がついたらDVDも廃盤になり、ようやく今年になって鑑賞できた。ということで、今年見た旧作映画トップ10を決めるなら間違いなくこの作品は3本の指に入るほどの傑作だ。これがレンタルなど配信していないので本当に嘆かわしいことである。多くの人に見て欲しい傑作のポーランド映画だ。やはりこの頃のチェコ映画にしろポーランド映画にしろほんとに傑作がありすぎる。


正直、2013年に公開されたポーランド映画祭のポーランド作品はほとんどがBD化されている。というかすべてと言って良いんじゃないか、ハスの「サラゴサの写本」「愛される方法」ムンクの「エロイカ」「不運」「鉄路の男」クッツの「沈黙の声」「列車の中の人々」ワイダ「コルチャック先生」「すべて売り物」「戦いの後の風景」モルゲンシュテルンの「さよなら、また明日」等がすべて当時、紀伊国屋書店からBD化されていたのに、本作品だけDVDと言う謎な販売である。しかも世界初BDと宣伝もされているのがいくつもあった。その後に抵抗三部作や他の作風も徐々にBD化されていっているにも関わらず、ハスの砂時計だけはDVDで発売と言うのが納得いかない。こんな美しい映像は4Kレベルで見るべきだ。


室内と野外でのそれぞれのセット美術が違い、半ばミュージカルとも取れるような演出もあり、非常に冒険的でロマンチックである。一体何を見せられているのか、時間が歪む分少しばかり難解かもしれないが映像的にも物語的にも素晴らしい。と言うのも空間的混在が見られる点は非常に天才的である。これはアンゲロプロスが後にパルムドール賞に輝いた私のオールタイムベストに君臨し続ける「永遠と一日」と言う作品でもとられている手法で、主人公が過去へと回想する場面で、その姿かたちがそのまんまで過去の人物と接すると言う形である。要するに幼少期を描くとするなら、登場人物は大人ではなく子供になるのだが、この作品も「永遠と一日」同様に姿かたちをそのまま成長した姿で過去へと再登場させている。これが2つの時間を並行的に描いている証拠であるし、現在と過去を映している画期的な点である。

さらに加えて、カメラは1つの時代をそのままなめらかに捉えているが、移動撮影をすると違う世界が連結する編集を見事に成功させている。何が言いたいかと言うと、1つの世界で登場人物が生活していて、そのまま登場人物が移動すると第二の世界へと自動的に登場人物が姿かたち、服装を変えずに行き来すると言うことである。なので、雰囲気がまるで異なるステージが並行して観客の目の前に現れるのである。異世界同士をつなげているのだ。複数の時空を行き来するいわばSF映画さながらの演出である。 2通りの時間さらには2つに分裂するユゼフ(主人公)が登場してきて、死に損ないの父親が外の世界では(第二の世界)ピンピンしながら接してくる場面などがある。それらはまるでフラッシュバックであり、ルドルフと共に外の世界を体験する主人公のもう一つの自分を映している。ネタバレになるため詳しくは言えないが、冒頭の列車の中で盲目の車掌が現れるのだが、これが後にユゼフに訪れる〇〇を最初から予兆させていた。それは真っ黒な鳥のシルエットからも、腐敗した建物からも、その他多くからも暗示的になっていたことがクライマックスでわかる。


最後に余談だが、先ほどもし私が当時の審査員長だったら本作にパルムドール賞を与えたと言ったが、1973年度カンヌ国際映画祭の審査員長は女優のイングリット・バーグマンである。ちなみに、砂時計自体は当時映画祭への出品を禁じられたらしく、何とか海外にプリントを密輸することに成功して最終的に審査員賞を受賞したとのことである。因みに当時のパルムドール(グランプリ)に輝いたのはジェリー・シャッツバーグの「スケアクロウ」とアラン・ブリッジスの「雇い人」で、砂時計と同時に受賞した審査員賞では、クロード・ゴレッタの「招待」である。

兎に角、傑作だった。
Jeffrey

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