島晃一

マンハッタンの島晃一のレビュー・感想・評価

マンハッタン(1979年製作の映画)
5.0
ウディ・アレン演じる主人公アイザックは他の作品と同様、過去の芸術作品への憧憬、神経質さ、生きる意味についての悩みを持ち、複数の女性の間で揺れ動くアレン映画に典型的な自身を投影した人物。彼を中心に一見スノッブな会話をロングテイクで撮るのは『アニー・ホール』と同様だ。

しかし、どちらかというと、今作は人物よりもマンハッタンの風景が特に印象的で、『アニー・ホール』とはまた別の仕方でニューヨークの街並みをとらえている。

前編にわたってガーシュインの音楽に彩られたこの映画。冒頭の「ラプソディー・イン・ブルー」が流れつつ、曲展開に合わせて街並みを次々と映していくが、その映像と音の組み合わせによって、モノクロ映画とは思えないほど街の表情が豊かだ。有名な、アレンとダイアン・キートンが橋が見える川沿いのベンチに座って話すシーンは美しいの一言。序盤、アレンとマリエル・ヘミングウェイが話す様子を引いて撮った部屋の陰影も印象に残る。

今作では、『アニー・ホール』のように第四の壁を越える、自制を複雑にするといった手法を使ってないが、本作では、アレンたちがフレームアウトした後にも話し声だけ残り続け背景だけを映すという独特なカットがある。これは、登場人物以上に街を撮っている印象をより強める手法だと思う。

また、アレンとダイアンが話すときに流れていた音楽が急にブチっと切断されるのは、ゴダールを思い起こさせた。

同じくガーシュインの音楽が流れる終盤のシークエンス、その場面が醸し出すノスタルジーはあまりに素晴らしい。不必要に精神的に悩むマンハッタン人々、生きる意味といった実存的な問いを述べた後、生きがいとして映画やアート、ジャズ、料理、そしてマリエル演じるトレイシーの顔を挙げる。執筆する本のためか、それをテープにレコーディングしながら話す。ハッとしたアイザックが、ニューヨークの街を走る。最後に17歳の少女トレイシーの「少しは人を信じなきゃ」という言葉の後に映るアレンの顔のクロースアップ、そしてマンハッタンの街並みとガーシュインの音楽。映画と同じく、死んだものの、過ぎ去ったもの、いなくなったものを再生させるメディア、記憶装置であるカセットテープへ録音したこと含め、このラストシーンが醸し出すノスタルジーはこれ以上ないほど甘美だ。
島晃一

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