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WANDA/ワンダのdiesixxのレビュー・感想・評価

WANDA/ワンダ(1970年製作の映画)
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評判に違わぬ傑作でした。
『シエラ・デ・コブレの幽霊』や『クーリンチェ少年殺人事件』などと並び、長らく「いつかは見たい映画リスト」の筆頭のひとつであった『WANDA』が、国内での上映を終えてようやくソフト化された。2000代にはすでに「忘れられた傑作」として一定の評価を得ていたと思うが、なかなか見る機会はなかった。マルグリット・デュラスが絶賛し、イザベル・ユペールが配給権を取得。マーティン・スコセッシのフィルムファンデーションとファッションブランドGUCCIの出資により、プリントが修復された。レノン&ヨーコ、ダルデンヌ兄弟、ソフィア・コッポラら名だたる映画人が本作への賛辞を送る。今となっては「華麗な経歴」だが、じっさいの1970年当時の本作が、劇中のワンダと同じようによるべなく、目立たない作品だったことは想像に難くない。

社会のアウトサイダーが自由を求め、一瞬の生の輝きと共に、敗北していく物語には、アメリカンニューシネマの影響を強く想起させる。16ミリフィルムの粗い質感で切り取ったドキュメントタッチの映像は、同時代のジョン・カサヴェテスとも共通するだろう。しかし、本作はその両者とは、はっきりと距離を置いているように見える。特にニューシネマの男性中心的なロマンチズムに対しては、むしろ静かな怒りすら伝わってくるようだ。

脚本・監督のバーバラ・ローデンは、当時エリア・カザンのパートナーだったが、こうした紹介が、いかに敬意を欠き、不躾な物言いであるかは、本作を見た人ならわかると思う。ローデンは、新聞の片隅に載った間抜けな銀行強盗カップルの記事から着想を得て、ワンダという愚鈍で主体性がなく、それでいてチャーミングな主人公を自ら演じた。控えめな、しかし雄弁なフィルムを完成させてから10年後、ローデンは48歳の若さで病死。世界に残した唯一のフィルムは時代と共に輝きを増し、一世一代に相応しい魂の傑作となった。

Blu-rayソフトに付録していた山崎まどか氏のエッセーでは「公開当時『ワンダ』が女性の評論家やフェミニストの論客たちに支持されなかった理由」として「ウーマンリブの時代、徹底して受動的なこのヒロイン像は(今風の言葉でいうと)「エンパワメントされない」と嫌がられた」と推測している。その上で「ワンダは一見すると無表情で、何があっても彼女の心を動かすのは不可能であるかに見える。でもワンダの表情をよく見ると、彼女自身がその名を知らない様々な感情が微細に揺れ動いているのが分かる」と続けている。まさにこうした無表情の中の名もなき感情こそ、本作の白眉だろう。「俺の前でスラックスは履くな。髪のカーラーもだ」と買ってきた服や化粧品を次々に車の窓から投げ捨てられたときの、やるせない表情はどうか。銀行強盗があえなく失敗し、自らはただただ群衆の中に埋没していくときの寂しげな瞳はどうか。そのひとつひとつを思い出すだけで、キュッと胸を締め付けられるようだ。

この映画が多くの作り手たちに支持され、時代を追うごとに輝きを増していったのは必然だろう。幾多の女性たちの尊重されてこなかった感情を、50年も前にフィルムに焼きつけていた人がいたのだ。一度見ると、心の中に住みついて、忘れることができない。そんな稀有な一本だと思う。
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