140字プロレス鶴見辰吾ジラ

ノッキン・オン・ヘブンズ・ドアの140字プロレス鶴見辰吾ジラのレビュー・感想・評価

4.3
【海の話と酒とタバコ】

天国ではみんな海の話をする。

“死“というものは生きていればいるほど近くなるもので、真面目でも不真面目でも皆平等で避けられないもの。死を恐怖して信仰にふける人もいるし、未来に投資しない野放図の奴もいる。末期ガンと診断され同室になった2人のアウトローな旅が始まるが、いかにもな陽気な音楽が死の影に寄り添う。死が怖くて夜眠れなくなることなんて子どもの頃に何度もあった。無に堕ちるのか?それとも…

死の恐怖を信仰に任せようにも宗教がよくわからない。この映画を見るまでは。そうだ、そうだよ。天国で海の話ができるなんて夢のようだ。行き着く先は結局はわからないが、みんなで海の話を各々語り合える世界に行けると思うなら死も少しは楽しい旅行になるかもしれない。

末期ガンと約束された死から始まる物語は道徳的に壊れていても、たしかに希望と友情は存在している。奇妙なご都合主義も病室で意味ありげに落下した十字架、冷蔵庫の中の酒が天命なのだと語ってくれる。死ぬまでにしたい共通の目的が海を見に行くなんてシャレてるし、こっぱずかしいかもしれないが、死に恐怖を抱く僕らにとっては劇中のルディとマーティンの姿はまさしく希望になる。

破天荒な買い物に強盗に銃撃戦に女の裸。酒を飲みながらタバコを薫らせ最期のときへ向かう。途中で何度も友に死の導きが近づいても、きっと彼らなら僕らに海を見せてくれるんだと強い希望もって反社会的行為も含めて応援してしまう。僕らもストックホルムシンドロームに、この映画が壮大なストックホルムシンドロームなのだ。

結局のところ死の恐怖が逃れられないなら怖いままで今日もベッドに入るが、ルディとマーティンが教えてくれたあまりに美しい詩的な海の表現、そこから各々の心に映される天国で海の話題に肩を寄せ合う者たちの1人になれるという可能性を抱いていれば、金を毟り取る宗教なんてタバコの煙を吹きかけるように蹴散らして、海の話をする日という漠然とした不安以外の感覚を胸に生きていけるというものだ。