半兵衛

牝犬の半兵衛のレビュー・感想・評価

牝犬(1931年製作の映画)
4.5
中年男が奔放な女性に騙されて金を注ぎ込んでしまう展開といい、物語の構成といいこの映画が公開される2年前に作られた『パンドラの箱』と前年の『嘆きの天使』とよく似ておりまるでルノワール監督が二つの作品に対して自分なりのアンサーを返したような作品に仕上がっているのが興味深い(ちなみにヒロインの名前がリュリュというのも意識して名付けたのだろうか)。それでいて人生の残酷さや無惨さを容赦なく描いた前二作に対して、そんな無情な展開で敢えて生きることの素晴らしさを謳うところにルノワール監督の懐の深さが伺える。

生真面目な中年男性が出会った美女のためにすべてを捨てて尽くすものの、彼女はそんな男性に同情していてもクズのようなヒモ男をひたすら愛しておりそしてヒモ男は男性の好意を骨までしゃぶりつくしていく前半のストーリーは容赦のない描写も相まってダメなおじさんに厳しい社会の構図をストレートに見せつけられて圧倒される。そんな物語でも目をそらすことなく鑑賞していられるのは人生の悲哀をコミカルに表現できるミシェル・シモンの名演と、絵画的な画面づくりやユーモアを巧みに配置して風流な世界を作り上げる監督の卓抜したセンスがあるから。

暗闇を使ったドイツ表現主義を思わせる演出も印象的で、序盤などで帰宅する主人公が夜の町を光も乏しいなか歩く姿が将来に夢も希望もなく終わりしか見えない主人公の心境がダブってくる。また終盤ある事件に巻き込まれた登場人物に暗闇が差し込むことで絶望的な状況を提示する非情な表現にゾッとさせられる。

後半のある事件を直接披露することなく、間接的な描写と事件が発覚するまでの流れを自然に表現していくヒッチコックに匹敵するサスペンス演出により表現していくのも素晴らしい。

非情な人間の構造を暴きながら、堕ちきった主人公をそんな状態でもポジティブなら最高じゃない?と高らかに叫ぶラストに監督の深い人間考察が感じられて心を打たれる。
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