カラン

ドルチェ 優しくのカランのレビュー・感想・評価

ドルチェ 優しく(1999年製作の映画)
4.0
奄美、加計呂麻島の波打ち際。画面の全てを覆うメランコリックなブルーは太陽が落ちて夜が始まる時刻なのか、朝が始まる前なのか。汀に目をやりながら作家の島尾敏雄のことを想起しているのだろう男の姿は、縦長に歪んでいる。ソクーロフだろうか。顔はこちらを向かない。

島尾敏雄は『死の棘』を書いて、映画になった。その妻の島尾ミホは『海辺の生と死』を書いて、これも映画になった。島尾敏郎は1986年に亡くなった。夫婦には2人子供がいた。このドキュメンタリーフィルムには島尾マヤの名がある。島尾マヤは1950年に生まれて、この映画の出演後しばらく、2002年に亡くなられたようだ。

島尾ミホは敏郎が亡くなってから、黒服を着続けたそうだ。この映画の撮影時点で80歳の老婆は動きは緩慢だが、背筋はしっかりしている。怨みと哀しみの狭間で壁に額をつけ、隅の暗がりと頭の上部が同化している。4:3の横幅を半分にしたように見える映像であるが、レンズのきわでわざと歪ませて撮ったのだろうか。

マヤ、と娘を何度も呼ぶ。喪服から白装束に着替えた島尾ミホが階下から呼びかけると、ギシ、ギシとゆっくり降りてきた娘の足はくるぶし丈の白いソックスで、膝丈のチェックのワンピースを着ている。50歳の少女が白装束の老婆と階段の手すりの上で額をつけて何かを話す。ソクーロフがそれをロシア語で読み上げる音声は字幕が入らない。「マヤ」と読む声しかはっきり聞き取れなかった。

ほとんど全編に渡って島尾ミホの奄美の自宅内の撮影だが、屋内なのに風雨の音がやけに聴こえる。DVDのパッケージ裏にはフェリーニがどうとか書いてある。フェリーニというなら、むしろタルコフスキーなのだろう。
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