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砂の器のnuuのネタバレレビュー・内容・結末

砂の器(1974年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

原作未読なので、その点は御容赦。

【和賀の動機、千代吉の嘘】
解説は野暮かもしれないが、親子が会おうとしなかった事に関して自分なりの解釈を書き記す。
結局最後は和賀も千代吉も、親子の再開は拒否する。あんなに大切だった親子だったのに。何故なのか。


和賀の場合
・千代吉は愛故であっても最終的に息子の和賀を手放している。大好きな父であっても、自分を捨てた父はもう受け入れられなかったんだろう。旅をしていた親子の輝きは、もう音楽の中にしか無い。

・描写はないが、和賀が芸術家として大成する程頑張ってこれたのは、自分を捨てた父&社会に対する「怒り」と「執着」によるところが大きいんだろう。その熱で成り上がってきた。
良くも悪くも怒りでここまで頑張ってきたのに、ここで父と再開して、受け入れたり怒りを捨ててしまうと、今の自分の土台が破壊されて、自分が自分でなくなってしまう……という恐怖があったのかもしれない。

この「怒り」、怒りによって作り上げた今の自分を失う「恐怖」の2点が殺人にまで至った動機だと解釈した。

刑事の言う通り、きっと曲の中であの頃の父と旅できたんだろうな。演奏し終わって良い笑顔だった。



千代吉の場合
・一方父のほうも子を捨てたことに対する罪悪感が強く、晩年に至っても自分を許せずにいる様子。
手紙で何十年も三木に「息子は大丈夫か」と聞き続けていたにも関わらず、いざ会えそうになると拒否していた。安否が確認できて嬉しい反面、「やっぱり自分には会う資格がない」と悟って「こんな人知らない」と言う千代吉の泣き顔はキツかった。


以上が、二人が再開を拒否した理由についての考察だ。

しかし、説明はあんまり無いんで「???殺人の動機は?」となる人も結構いそう。
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