一人旅

アントニオ・ダス・モルテスの一人旅のレビュー・感想・評価

5.0
第22回カンヌ国際映画祭監督賞。
グラウベル・ローシャ監督作。

ブラジル、アラゴアス州の小さな町を舞台に、殺し屋アントニオ・ダス・モルテスの葛藤と、民衆を抑圧する町の支配者に対する復讐を描いたアクション。

ブラジルの映画運動「シネマ・ノーヴォ」の旗手として知られるグラウベル・ローシャ監督の代表作で、西部劇的な物語と独特の雰囲気の風景&音楽の融合が強烈な作品。カラカラに乾いた荒れ地の映像と原色の色遣い、そしてラテン系の不思議な民謡が異様なムードを放ち、神と信仰、罪と贖罪、支配者と被支配者、清貧と堕落、封建的風土と困窮する人々といったいくつものエッセンスを取り入れながら、正義に目覚める殺し屋アントニオ・ダス・モルテスの壮絶な復讐劇を描き出す。

時代設定は意外にも現代で、時おり映る幹線道路には車も走っているのだが、物語の舞台となる小さな町だけは時代に取り残されたような旧い光景が広がり、車などの現代的な物は必要最小限にしか映されない。町の人々の服装や暮らしぶりも質素&昔風で、豪奢な暮らしをするのは町の支配者である盲目の地主くらいだ。そんな町では、ひとりの聖女と彼女を信奉する貧しい信者たちの一群が存在感を放っている。そのことに危機感を感じた地主は警察署長を通じて殺し屋アントニオ・ダス・モルテスを雇う。依頼に従い、聖女の一群の中心的人物である男を殺害しようとするアントニオだが、次第に民衆を苦しめる欲深い地主に対する怒りが湧き上がっていく。

困窮する民衆と堕落した地主の対比。すべてを悟ったアントニオの、義賊の敵としての殺し屋から、民衆に寄り添い悪を打倒する殺し屋への心情の変化。映像全体に漂う圧倒的力強さの中で、孤高の殺し屋アントニオの静かな怒りが爆発する。アメリカの西部劇では絶対に創られない混沌とした世界観にただただ圧倒されてしまうのだ。

また、物語は西部劇的だが、銃を使用したアクションはクライマックスまでお預け。アントニオの主要武器は剣で、決闘相手も剣を振り回しながら戦う。決闘シーンのアクションはとても“ゆるい”ため残念ながら緊張感はほとんどない。ただ、二人の決闘を見届ける民衆が一斉に手拍子して歌い出すなど、お祭りムード満点の異様な決闘風景はラテン的だ。クライマックスの大銃撃戦は、本家アメリカやマカロニ・ウエスタンに匹敵するほどの迫力を放つ。同一ショットを繰り返し映すなど小粋な映像演出も魅力で、西部劇の典型的ラストショットと現代的風景を融合させたエンディングが余韻を残す。

そして、アントニオの風貌も強烈に印象に残り、黒い髭&灰色のマントを被った巨体という殺し屋にしては異彩を放ち過ぎな見た目がインパクト絶大。また、地主の妻・ラウラの妖艶さは悪魔的で、ブロンドヘアー&透け感のあるドレスが目に焼きつく。死んだ人間の傍らで、ラウラと彼女に想いを寄せる男が一心不乱にキスするシーンは凄烈だ。
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