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ソーシャル・ネットワーク2010年製作の映画)

The Social Network

上映日:2011年01月15日

製作国:

上映時間:120分

ジャンル:

3.6

あらすじ

「ソーシャル・ネットワーク」に投稿された感想・評価

lente

lenteの感想・評価

4.0
官能と憂鬱のエイリアン・リレー
デヴィッド・フィンチャー
10/15

この映画はマーク・ザッカーバーグやFacebookをモデルとしながらも、ほんとうに描き出したものはマーク・ザッカーバーグやFacebookの何事かではないように思います。デヴィッド・フィンチャーの監督作にはいつでも二律背反(にりつはいはん)の要素が宿っており、本作もまたその背反性を描き出している。

初めて観たときにはデヴィッド・フィンチャー作品とは認識しておらず、この感じを知ってるという後味があり、調べてみたら彼の作品だったという経緯があります。何に似てるんだろうと思いながら記憶のなかでヒットしたのが、同監督による『ファイト・クラブ』でした。それ以来『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)と『ファイト・クラブ』(1999年)は、僕のなかで双生児的な意味合いを持つようになった。

つまり『ファイト・クラブ』が身体性が精神性を追い越していく話だとするなら、『ソーシャル・ネットワーク』は才能が心を追い越していく話だと言えます。いずれの作品も「追い越し」のなかに生まれるエアポケットに、主人公が1人取り残されることに味わいの核心があるように思います。



才能によって「見えている者」と凡庸さによって「見えていない者」との描き方が、上手なスケッチやデッサンを見るように的確です。ですから才能はあるけれど性格の悪い人間による成功と挫折の話などではありませんし、その様子をドキュメント的に描いたものでもない。

もちろん僕はマーク・ザッカーバーグの1000億分の1ほどの成功者でもなければ、誇れる才能も持ちませんが、ある分野によっては「見えている」実感がありますし、別の分野によっては「見えていない」実感も同じくらいにあります。それぞれの実感は、両方の実感があるからこそよく分かる。「見えている」ことについては「見えていない」人にどれだけ言葉を尽くしてもまったく理解されず、様々な失敗をすべて予言できてしまうところがあります。

良くも悪くも誰かが失敗するのを見たくないため「見えている」僕がやっても良いことはやってしまいますし、そのときに失敗はない。いっぽう「見えていない」誰かが失敗することは分かっていても、僕がやってはいけないことはやりませんし、そうするとその誰かは失敗する。

しかしながらたいへん恐ろしいことに、失敗した人間は自分の失敗だとは受け止めず、周囲にいる誰かに責任を転嫁しようとする。そのことについての罪悪感など1つも持たずに。ですから罪悪感とは余裕のある人間にしかもつことが許されない、贅沢な感情だということをこうした体験から僕は知ることになった。

またその転嫁の対象に僕はよく選ばれる星の元に生まれてしまったようです。きっとこの人は失敗して僕に責任を転嫁してくるだろうという予想をまったく裏切りませんし、この手の人間ほど成長という言葉を使いたがるため失笑するしかない。いっぽう僕が「見えていない」ときには「見えている」ときの実感を支えに、「見えている」人間の意図を汲みとろうと精一杯努めることになります。けれど見えないものはどうしても見えない。



この作品に描かれているのは「見えている者」と「見えていない者」との間に生じるこうした気圧差であり、その両者が欲望という空気を共有したときに生まれた、大きな台風のような出来事だと言えます。「見えている者」にとっては、才能という強い気流がどんどん心を追い越していってしまい、「見えていない者」との気圧差のなかに生まれたエアポケットに1人取り残されたような風景が広がることになる。

またそのような心理現象としての台風は、外から見れば狂気をはらんでいるように見えるかもしれない。けれどその中心地点に存在する台風の目のような場所にはいつでも静けさが宿っており、中心にいる者にしてみればいつだって道理に従っているだけだという思いがある。

この感覚は『ファイト・クラブ』でタイラー(ブラッド・ピット)が見せた姿に酷似していますし、またラストシーンでビルが崩壊していくのを恋人と見つめる「僕」(エドワード・ノートン)」のまなざしは、本作に描かれるザッカーバーグ(ジェシー・アイゼンバーグ)のまなざしとほとんど同じように映ります。

したがって本作に描かれているものは、一世代に一人だけの創業者の異才でもなければ、ましてやFacebookやSNSに関する何事かでもないように感じられます。そうではなく、2つの異なる気流によって生じた干渉地帯で、1人取り残された魂が見たその風景描写にあるように思います。

それは誰しもが心のどこかで見たことのある/いずれ見ることになる風景だろうと思えてなりません(こんな僕でさえ知っているのだから)。そしてザッカーバーグや「僕」/タイラーに流れるこの種類の静けさは、まぎれもなくデヴィッド・フィンチャーにも流れているように感じます。

僕の感覚や生理は、そうしたまなざしと静けさに抗いがたく心惹かれます。
エリカに友達申請してF5キーを連打するシーンは人間らしくて好き。

エドゥアルドを会社から追い出すシーン、ショーンに「やりすぎ」と言っていたけど、マークはそもそもどこまで許容していたのか。
べるー

べるーの感想・評価

4.0
Facebookの始まりが最悪過ぎて笑う。でも意外と思いつかない角度から生まれ億というお金を作り出したFacebookやっぱえぐい。おそらくだけどマークザッカーバーグはアスペの可能性が高いのかな…?エドゥアルドと全く正反対の性格で対立が起き最後まで報われないエドゥアルド本当にかわいそう。
物語自体は好みだから繰り返してみたいな…やっぱ歴史に名を刻む人は周りを気にするのを忘れるくらいそこに熱中するのかな…
AkiraOgino

AkiraOginoの感想・評価

4.0
けっこう好きで何回も観てた。
facebookの始まりが最低なサービスで笑う。
ジェシー・アイゼンバーグの早口セリフ回しがすげーし、アーミー・ハマーはこの映画のイメージ笑
「プラダはクリーニング中だ」が忘れられない。
こま

こまの感想・評価

3.0
分割してみてしまったのは間違い…魅力半減した気がする。

面白いのは面白い。
話の展開というか、持っていき方。
えむ

えむの感想・評価

3.0
Facebookの創設者のおはなし。

鈍感な人間だからこそ成功を成し遂げたんだな〜と。金で和解出来て良かったけどね。

場面が多すぎて理解しにくい構成だった。
ノンフィクションで起業家の話はなかなか無いから面白かった。
瓶子慶

瓶子慶の感想・評価

3.6
好きな女にフラれた男の狂気は、世界をも変えちゃうっていう、嘘みたいな本当の話。
 天才マークザッカーバーグが頭の回転も舌の回転もノンストップでFacebook開発から世界的展開まで疾走する映画だ。ノンストップな上に、経営者、発案者たちのドロドロの闘争が入り込んでくるので結構疲れる。ずいぶんと露悪的な脚色がなされているとは思うが、倫理観の欠如した子どもが、金や承認をめぐり争う醜い姿に終始イライラさせられた。まあそれも人間が描けているという事なのだろうか。
如蓮

如蓮の感想・評価

3.6
過去視聴。SNSがこのようにして作られていった過程を見るだけでも面白い。マーク・ザッカーバーグが凄い変わった人に思えるけど天才。この映画を見ると天才と馬鹿は紙一重という言葉を思い出さずにはいられない。
アカネ

アカネの感想・評価

4.0
facebookの創始者マック・ザッカーバーグの話。

私たちが使っているアプリfacebookの始まりは想像とはかけ離れていた。
facebookを創作している過去と創作に関わった友人が訴えられている現在を行ったり来たり。とても見やすかった。
マークは天才だけど、全てにおいてやり方が気に入らない。結果的にfacebookは今ではみんなが使うツールになっていてすごい。

見て損はない!


スパイダーマン役のアンドリュー・ガーフィールドはやっぱかっこいい
個人的に演技が好き
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