note

バンデットQのnoteのネタバレレビュー・内容・結末

バンデットQ(1981年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

イギリスの住宅街。厳しいばかりで無関心な両親のもとで暮らす歴史好きの11歳のケヴィン少年は、ある晩、彼の子供部屋のクローゼットから、馬に乗った騎士が飛び出し、壁の奥に消えていくのを目撃。翌晩、写真を撮ろうと、インスタントカメラと懐中電灯を持って待ち構えていると、今度は6人の小人たちが現れる…。

子どもの頃、劇場で見て以来の再鑑賞。
鬼才テリー・ギリアム監督のファンタジー・アドベンチャーの秀作。
アニメ「幻魔大戦」の同時上映だったのを良く覚えている。
なぜなら突飛な物語と結末に圧倒されたからだ。
当時はイギリスのコメディ集団「モンティ・パイソン」のことなど全く知らず、子ども向けだと思っていたのだが、大人になってから見ると、皮肉やブラックユーモア満載の怪作である。

小人たちは部屋を荒らし回り、ケヴィンに「タイムホールはどこだ?」と詰め寄る。
ケヴィンが困惑していると、光を放つ巨大な顔が「地図を返すのだ」と迫ってきた。
小人たちが壁を押すと、壁が動き、真っ暗な穴にケヴィンもろとも落ちてゆく。
出だしは「巻き込まれ型」のサスペンスだ。
この小人たちは?あの顔は?と興味をそそられる。

穴から出ると、小人たちのリーダーは「俺たちは時空を股に掛ける強盗団だ」とケヴィンに語る。
巨大な顔の正体は「創造主」つまり神様であり、小人たちは彼のもとで働いていたが、安月給に嫌気が差し、ある地図を奪って逃げてきたのだという。

世界の創造は僅か7日の突貫工事だったため、時空間の所々に「タイムホール」と呼ばれる穴が空いており、ホールを通じてあらゆる時代を自由に移動できるらしい。
地図には穴の場所がすべて書かれており、小人たちは各時代の財宝を盗み、私腹を肥やそうと企んでいたのだった。

タイムホールという設定は、我が国のドラえもんの「どこでもドア」のようで冒険の予感にケヴィンならずともワクワクする。
パッと見は「白雪姫と7人の小人」の絵面なのだが、小人たちは気のいい親切な人間ではなく小悪党。
小人症の「障がい者って可哀想…」というイメージを逆手にとって「障がい者だって悪いことするぜ」、偏見を持つなというのがブラックだ。
しかも雇い主と労働条件に反抗するあたりに、イギリスの労働者階級の不満も見え隠れする。

劇中に登場する偉人たちの表現もブラックだ。
身長コンプレックスのナポレオンは自分より身長の小さな小人たちを気に入り、士官をクビにして小人たちを雇う。
眠らないはずのナポレオンが酔いつぶれて、金品や盗まれるなんて間抜けだ。
ロビン・フッドは学の無い貧しい者を束ねるキザな男で、正義の義賊ではなく貴族気取りの上から目線。
「恵まれないこの者たちに寄付を」と小人たちは宝を横取りされてしまう。

小人たちと逸れたケヴィンが出会う、古代ギリシアのアガメムノン王は、王というよりは脳筋な戦士。
ケヴィンに助けられたアガメムノンは彼を養子にと祝宴を始める短絡思考だ。
手品師を装った小人たちによって、ケヴィンは沢山の財宝とともに連れ去られる。

しかし、小人たちの様子を、地図を奪おうと画策する悪魔が監視していた。
後半はタイムトラベルSFから異世界ファンタジーへシフトチェンジする。

小人たちが辿り着いた豪華客船は何とタイタニック号。
当然、氷山の衝突によって沈没。
地図を狙う悪魔は、海を漂う小人のひとりの口を借り、「伝説時代へ向かい、暗黒城のお宝を奪おう」と言わせる。

タイムホールが開き、一行は人食い鬼夫妻の漁網に捕らえられる。
もう何時代かすら分からぬ、おとぎ話の世界に突入。
ケヴィンの機転で夫妻の船を奪ったものの、船は実は巨人の帽子で、巨人が陸に上がったために航行不能。
ガリバー旅行記か?北欧神話の巨人か?
途端に突飛な世界となり、翻弄される。
ケヴィンは船にあったふいごを注射器の代わりにして眠り薬を巨人に打ち、眠らせて脱出に成功する。

砂漠の果ての行き止まりで、骸骨を投げると、ガラスの壁が割れて城が現れる。
まるで怖い絵本のビジュアルだ。
その城こそが悪魔の棲み家。
一行は罠にかけられ、地図を奪われて牢に閉じ込められる。

牢を脱出した一行は、様々な時代から助っ人や兵器を連れてきて悪魔に立ち向かうが、全く歯が立たない。
そこへ天から神の光が降り注ぎ、悪魔を焼き尽くしてしまう。
突然、神が事態を収拾する、まさに「デウス・エクス・マキナ」である。
現れた「創造主」の姿がスリーピース・スーツを着た中年男で、神様らしくないのもギャグで笑える。

地図を取り上げ、炭化してバラバラになった悪魔の回収を小人たちに命じる創造主。
小人たちを泳がせていたのは、悪魔を含む創造物たちを試すためであったことを明かすが、ケヴィンは創造主に「どうして悪が必要なの?そのせいで多くの人が死んだのでは?」と質問する。

創造主はたった一言「自由意志のためだ」と答える。
人間には、何からも指図や制約を受けずに、自由に「何かを成そうとする気持ちや考え」を生み出す力がある、とする哲学が自由意志である。

政治家にしか見えない創造主。
西遊記の孫悟空に似ているが、「結局は支配階級の手のひらで踊らされていたのか?」と思えてしまうのがブラックである。
また神に縋らず、人間は自分の力で生きていくべきという反宗教的な思想も見える。

回収終了を見届けた創造主は、小人を連れて煙の中に消えていく。
次の瞬間、ケヴィンは自宅のベッドで目覚めると、部屋は火事の煙に包まれていた。
消防士がドアを破って部屋に飛び込み、ケヴィンを救出する。

夢オチかと思いきや、エンディングはかなりショッキングでブラックだ。
混乱するケヴィンだったが、鞄の中に残っていた写真が、旅が夢ではなかった事を物語っていた。
先に救出されていた両親は、ケヴィンの心配をせずに、火事の原因はオーブントースターだと語り、その中には悪魔のかけらがあった。
両親が悪魔のかけらに触れると、爆発とともに消滅してしまう。

呆然とするケヴィンを残し、アガメムノンと同じ顔をした消防士は、ケヴィンにウィンクをして去り、ケヴィンは1人取り残される…。

夢のような冒険から戻ったら、今度は親に頼らず、自分の力で生きて行けという神の手酷い仕打ちである。
これを抑圧からの開放と取るべきか?
唐突で呆然とするエンディングを、ジョージ・ハリソンのやたら明るいテーマ曲が、楽しい映画として印象付けるのも強引。

子ども向けのファンタジーアドベンチャーと見せかけて、実は毒気満載のダークファンタジーである。
note

note