櫻イミト

王国の鍵の櫻イミトのレビュー・感想・評価

王国の鍵(1944年製作の映画)
3.5
グレゴリー・ぺックの本邦初登場作品(映画デビュー2作目)。中国での宣教活動に生涯を捧げた神父を描く、小説が原作の人間ドラマ。監督は「裏町」(1932)などメロドラマの名手、ジョン・M・スタール。製作・脚本ジョセフ・L・マンキウィッツ。撮影は「わが谷は緑なりき」(1941)「聖処女」(1943)などでオスカーを三度受賞したアーサー・C・ミラー。

1878年スコットランド。少年フランシスはカトリック教徒の両親をプロテスタント集団に殺されて孤児になり親戚に引き取られる。成長した(グレゴリー・ペック)は、同郷のアンガス(ビンセント・プライス)とともに大学の神学部に進む。卒業を迎え進路に悩むフランシスは恩師から中国奥地での布教活動を勧められ渡航を決意。実兄のように慕う無神論者ウィリー医師(トーマス・ミッチェル)に見送られ故郷を後にする。任地は香港に近い港町・北潭(ハイタン)。たった一人の布教活動を進めるフランシスの元にやがて気難しい修道女マリア(ローズ・ストラドナー)らが派遣されてくる。。。

個人的に続けているキリスト教の学習用に鑑賞。本作は宗教映画と言うよりも、教義に囚われずいかに良心的に生きるかを追求する神父の生き様を描いたヒューマン映画だった。

序盤、クリスチャン同志が異宗派に暴力を奮うショッキングなシーンに驚かされる。これが主人公の価値観を決定づけ反権威的な独自の神への道を模索させることになる。中国での布教の過程は地道かつユニーク。同じアジアでも「沈黙」(1971&2016)で描かれたような弾圧や悲壮感はない。日常的で等身大な日々の中で地元民の信頼を得ていく様子が堅実に描かれている。

戦時下、フランシスは庶民を守るために敵軍の戦車爆破作戦に打って出る。武器を破壊するのだから教義には反しないが、司祭の職にあって型破りなことは間違いない。そして死傷を負った無神論者の友のために祈る。ここでのトーマス・ミッチェルの台詞は重い。「フランシス、今ほどお前を好きになったことはない。俺を天国に葬ろうとしないからだ。わかるか?」。

いつものように派手さを抑えたスタール監督の作風が本作のテーマにマッチして、しみじみとした感動を呼ぶ。プライドの高さからフランシスに反発していた修道女マリアとの、難局を超えた末の絆には思わず感涙した。

既に名声を博していたトーマス・ミッチェルをはもちろん、新人時代のグレゴリー・ペック、ビンセント・プライスも後に繋がるそれぞれの持ち味を既に発揮していた。西欧では名作の誉れ高い本作だが、日本では殆ど忘れられた存在となっている。宗教への興味が薄い国民性であること、解りやすくドラティックな展開のない堅実な作風であることが要因かもしれない。

タイトル「王国の鍵(KEYS OF THE KINGDOM)」は新約聖書の有名な言葉。イエスが弟子ペテロに託した預言で、異邦人にも神の王国に入る扉を開くようにとの教えを示している。

※気難しい修道女マリアを演じたローズ・ストラドナーは、本作では製作・脚本を務めたジョセフ・L・マンキウィッツ監督の妻。
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