カタパルトスープレックス

一人息子のカタパルトスープレックスのレビュー・感想・評価

一人息子(1936年製作の映画)
4.2
小津安二郎監督の初めてのトーキー映画作品です。家族ドラマで「喜八もの」のスピンオフ的な作品です。今回の主人公は喜八ではなくかあやん。

かあやん(飯田蝶子)は「喜八もの」の時はダメな喜八を励ましたりガッカリしたり。今度は喜八ではなく、自分の息子を励ましたりガッカリしたりです。トーキーになったとはいえ、サイレント時代の「喜八もの」から基本的にテーマは変わっていません。

しかし、不思議なもので声が入るだけでグッと小津安二郎作品っぽくなりますね。やはりあの特徴的な会話のシークエンスがあると小津安二郎の映画を観ているんだなと実感できます。まだまだ習作っぽくはあるのですがしっかりと小津映画になっています。

本作は当時の外食文化を知る上でとても興味深いです。まず、「とんかつ」が出てきます。現在の「とんかつ」の原型ができたのが1929年に上野のポンチ軒が出したもの。その後、1932年にとんかつ専門店がどんどんできるようになってきた。本作の公開は1936年ですから、かなり最新トレンドを取り入れていることになります。

そして、さらにびっくりなのが屋台のラーメンが出てきます。醤油味でチャーシューとメンマが乗った現在の醤油ラーメンの原型ができたのが1926年の札幌だそうです。その後に東京にもできたそうですが、やはりなかなか新しい食べ物だったはずです。そして、屋台のラーメンは戦後に普及したと一般的には言われているのですが、戦前の本作では屋台のラーメンが出てくるんです。つまり、一般的に言われているように戦後ではなく、関東大震災の後にすでに屋台の文化はできていたということですね。

全然映画とは関係ないことですが、本作は日本の外食文化の貴重な資料ともなるのでそこも評価ポイントの一つとなると思います。

あと、本作で面白いのが本編で別のトーキー映画[ヴィリ・ホルスト監督『未完成交響楽』(1933年)]を見せてしまうところ。ドイツ語の映画なのに字幕なし。満席。この辺の外食文化や映画文化の紹介は戦前の小津安二郎監督のモダンな趣味を反映していて面白いです。

最後に本作はカタルシスを迎えるわけですが、これも小津安二郎監督らしいビタースイートな感じに仕上がっています。これも「ああ、小津安二郎監督作品を観てるんだなあ」と実感させてくれます。

前半はちょっと退屈だったりもするし、アラを探せばいくらでもある作品です。でも、ボクは本作は色んな意味で好きだなあ。