映画漬廃人伊波興一

カポネ大いに泣くの映画漬廃人伊波興一のレビュー・感想・評価

カポネ大いに泣く(1985年製作の映画)
3.1
さすがに最盛期は過ぎたか、と思わせながらも、鈴木清順独自のケレンを彩る田中裕子という(風華)だけは今観ても色褪せません

鈴木清順
「カポネ大いに泣く」

力の抜けた肩を小刻みに揺らしながら両手をだらんと伸ばしてゆっくり歩く。
その陽炎めいた後ろ姿は、燻(くゆ)った線香の煙のようでもあり、振り返った瞬間の定まらぬその表情は常にどこか弛緩しています。
視線にはこちらの思惑が見透かされてしまうような眼力など当然なく、やや開いたままの口元が余計に覇気というものを霧消させていく。
新藤兼人監督の問題作「北斎漫画」の葛飾北斎の娘、葛飾応為や三村晴彦監督の傑作「天城越え」のヒロイン大塚ハナに対して私個人が勝手に解釈した人物像ですが、少なくとも同時期に活躍した夭折の名女優、夏目雅子が放つ、凛、としたイメージとは全く異なるオーラであったのは誰の目にも明白です。

1981年、今村昌平監督の「ええじゃないか」から1988年、吉田喜重監督の「嵐が丘」に至るまで(80年代)に出演した作品はきっかり10本。
全てが主演、あるいは主要ヒロインであるのにもかかわらす、日がな一日、岸に沿ってひたすらぐるぐる回り続けている(風)のようにスクリーンを横切る姿は、自分がそこに存在している事など忘れたかのようでもあり、さながらこの世に生きる事などさほどの意味などない、とでも言いたげな風情でした。

ですが21世紀に突入してからも緒方明監督の傑作「いつか読書する日」や還暦をとうに越えた現在でも白石和彌監督の「ひとよ」や、沖田修一監督の「おらおらでひとりいぐも」でも堂々たる主演女優ぶりを披露しているわけですから生命線が儚い(特に映画の!)日本女優陣の中で30年以上に亘る現役バリバリ活動期間はやはり驚異的です。

これで成仏させよう、と決め込んで、見納めのつもりでのぞんだ「カポネ大いに泣く」。

確かに鈴木清順の最盛期はこの辺りで過ぎたか、という印象は拭い切れませんでしたが、清順監督独自のケレンを彩った田中裕子という(風華)だけは、今観ても色褪せておりません。