ナディーン・ラバキーの長編監督デビュー作。ベイルートの美容サロン「si belle」の店員たちや客、周囲の人々の人間模様を綴った群像劇。
特にこれといって何かあるわけでもないのだが、不倫や同性愛、老化、果てには処女膜再生といった少し際どくてラディカルなテーマが次々と展開されていく。
公開当時、「アラブ版SATC」などと形容されたことを覚えているが、やはりアラブ圏ということもあり、この映画では直接的な描写も台詞も一切ない。にもかかわらず、何だかとてもエッチなものを見てしまったかのような気分にさせられるあたり、ラバキーの手腕が光る。
注目すべきは、全編通して垣間見えるレバノンという国の特異な文化だ。人々は皆、基本的には口語のアラビア語(アーンミーヤ)を話すのだが、なぜか特定の状況(病院や美容サロン、仕立て屋での従業員と来訪者間の会話や、CM撮影のオーディションの現場でのやりとりなど)ではフランス語を使うのだ。人の名前もフランスの人名由来のものが多く、フランス統治時代の影響の強さが伺える。
そして、キリスト教徒とイスラム教徒の生活圏の線引きなども、特に見られない。日本における家が神道の人と仏教の人くらい普通に付き合ってるように見える(もっとも、どうやら実際は必ずしもそうとは限らないらしい、ということは、次作『私たちはどこに行くの?』で描かれているのだが)。
アラブ圏にありながらもかなり世俗的な国であることは、ナディーン・ラバキー自らが演じるサロンのオーナーであるラヤルが四六時中キャミソール姿であることからも伺える。
色遣いなどの面ではラバキー屈指の出来だと思うが、しかし、やはり「私たちはどこに行くの?」の力強さとインパクトにはちょっと及ばないことは否めず。
ラバキーは相変わらず綺麗な人だけど、個人的に気になったのは、同じサロンで働くレズビアンの美容師を演じたジョアンナ・ムカルゼル。何か見覚えがあるんだよなあ、、、他にほとんど何にも出てないから似た人と間違えたのだろうけど、誰だろうか。
ところで、今年のカンヌの審査員はラバキーとグレタ・ガーウィグらしい。
二人ともフェミニスト的な側面が強い世界的な女性監督だけど、ラバキーの映画は女が女らしさや女としての美を武器にして力強く生きる様が特徴なのに対して、ガーウィグの映画は「女らしさ」や社会における女としての役割そのものに疑問を投げかけるものが多く、価値観は全く真逆といえる。
あえて優劣や好き嫌いは言及しないでおくが、どちらも個性や自己主張が強そうで、何だかものすごく揉めて紛糾しそうな気がするが、果たして大丈夫なのだろうか。