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惑星ソラリスのmmntmrのレビュー・感想・評価

惑星ソラリス(1972年製作の映画)
4.8
SF小説を原作に持ちながら、限りなく内省的で、人間的な作品だったと思う。

SFの要素は確かに、美術的な観点からみれば芸術的とは言い難く、単純に機械的で,ハイテクではあった。
しかし、その冷徹で無機質な非人間的環境下は、そこで起こる人間的な葛藤や苦悩を鏡のように映し出す素晴らしいコントラストとして機能していた。

映画は大きく三つのセクションに分かれていて、タルコフスキー作品の中でも特に脈略のはっきりした作品で理解しやすかった。
前半の地球でのシーンでは、主人公クリスの人間性や父親との関係、自然への愛が深く描かれる。
次に惑星ソラリスの宇宙ステーションでのシーンでは、ソラリスの海との意思疎通の難解さと、未知の現象“お客”による混乱と葛藤、さらに故郷(美しい地球)への郷愁が描かれ、
最後の〈故郷〉でのシーンでは、父親との再会と、郷愁からの解放などが描かれる。

相変わらず謎めいたシーンも幾つかあるが、我々の無意識に対する何かしらの働きかけのようにも感じた。

例えば、冒頭では澄んだ水面に揺らぐ水草が、まるで生きているような滑らかさをしている不思議なほど美しいショットがあるが、のちに映し出されるソラリスの海の蠢きを見たとき、地球の水草と似たような揺らめきをしていることを想起させられる。
クレショフ効果と言って良いのかわからないが、それと近い感覚を覚える。もうひとつ説明を加えるなら、水草とソラリスの海が、僕の脳内でデペイズマンされ、その双方に新しいイメージを抱いてしまい混乱する感覚だ。

無意識下に浸透してゆくような不思議なシーンの数々を始め、それらのショットの美しさも無視できない。

中でも、近未来的な移動手段の表現として用いられた東京の首都高はユニークで良かった。交錯する高速道路の都市感とトンネルの照明の加速感が、特殊な効果音楽と相まって美しく、かつ胸躍る映像となっていた。

関係ないが、タルコフスキーは、黒澤明に会いたくて東京をロケーションに選んだ節があるという話をどこかで読んだ笑
黒澤明がタルコフスキーを語るインタビューの中では、『惑星ソラリス』で使った宇宙ステーションの構造を説明する姿が嬉々としていたという。だが逆にタルコフスキー自身のインタビューの方では、『惑星ソラリス』は元々地球で完結させたかったらしく、宇宙ステーションなんかを使った表現には芸術的関心をそそられないから不満であった、という類のコメントが残されていて可笑しかった。タルコフスキーの可愛い一面を見たという気がした。

本作のこの主題は、小説原作者のスタニスワフ・レム によるものというより、監督アンドレイ・タルコフスキーによって焦点を当てられたものらしい。レムは“地球外生命体との交信不可能性のひとつのパターン”を緻密に創造する外的指向であるのに対し、タルコフスキーは“良心に苦しめられるその所有者である人間の問題”を物質化して表現した、内的指向であった。

どちらも人間にとって、作品にとって重要な指向であるが、映画『惑星ソラリス』はやっぱり良かった。タルコフスキー、好き。
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