甘口パンダ

博士の愛した数式の甘口パンダのレビュー・感想・評価

博士の愛した数式(2005年製作の映画)
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私にはこの映画がまだ全然、飲み込めない。

博士と杏子とルートのお互いを尊重する交流はとても素敵だったし、温かくて優しい映画だなと思うけど。eπi +1=0が4人のことかしらとも思うけど。
映画に込められたメッセージを考えていて、私のなかで「今受け取っていることでは何かが足りない」という気分が抜けない。もっと何かを伝えてくれている気がする。
「どうしてここで、この台詞?」「どういう意味?」と思うことがとても多い映画でした。


「ああ、なんて静かなんだ」
博士にとって、杏子から発せられる包丁や炒めものの音を聞いている場は、“静か”と表現される。表情は満たされて穏やか。深く呼吸できる感じ。料理は食べてくれる人への愛情。


「この温もりだけでも」
「万物は数である」
「数式が、美しい」
「味気ないドリルの問題が一片の詩のように聞こえる。」
「ルートも全体が“1”。
ひとつの中に全体が調和していて美しい。
良いこととは、そういうことなんだよ。」
「本当に正しい証明は、一部の隙もない完全な強さとしなやかさが矛盾せず調和している」
「(虚数は)とても遠慮深い数字だからね,目につくところにはないけど心にあって, 小さな両手で世界を支えている」
「真実を見いだすことのみが(数学の)目的なのだ。勇気をもって、君の賢い瞳を見開きなさい」
「僕がやったのは、神様の手帳を覗き見して、ちょっとそれを書き写しただけのことで」
「心で見れば時間は流れない。大切なのは今」
「時は流れず」




“目に見えない永遠の真実を心で見る”ことと、
“神様の手帳を覗き見する”ことと、
“君の賢い眼で真実を見る”ことと、
“数学を愛する”ことは同じ

“博士と杏子とルートが共に過ごした時間が大切なものだということ”は、杏子にとって、自分の実体験から心に湧き上がってきた、目に見えない永遠の真実。

eπi +1=0も、永遠の真実。


博士にとって、野球と子どもと愛と数式と美しさとひとときを生き抜くことと永遠と調和(=0)と静けさは全てつながっている、ような気もする、、、。

これをどう耕せばいいのやら。
正解を探すんじゃなくて、考える、をしていきたい。この映画に、そのためのアドバイスが含まれていると思うから。
甘口パンダ

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