カニペンギン

クレマスター3のカニペンギンのレビュー・感想・評価

クレマスター3(2002年製作の映画)
2.9
なかば寝ながらみたから不正確だと思うけど一応メモ。

・オープニング 神話の時代

とある島に小柄な神様と巨体の神様がいました。
巨体の神様は羊?なんかをそのままムシャムシャ食べる豪快な男。
小柄なほうは石を積んだりおいしい食べ物を研究したりする性格。
小柄な神様の家?には悠然とした美しい女(妻)がいる(この辺あいまい)。
ある日うまそうな匂いに惹きつけられて巨神が小柄神の小屋を襲うが……?

・前半 人類史

高層タワーのエレベーター室内部をのぼる職人風の男。
命の危険のありそうな壁をなにに突き動かされているのか上に上にのぼっていく。
欲望のままに高みを目指す資本主義社会。
職人(労働者)は自らの手でエレベーター(上下を移動できる自由)をセメントで固めて地に落とし、もはや上に昇り続けるしか道は残されていないように見える。

いっぽう別の場面。
五台のいかにもアメリカンな車と、一台の黒塗りのクラシックカー。
車種に詳しくないけど、いかにもオールドアメリカンな車たちに囲まれボコボコにされていく、ゾンビの乗った黒塗りの車。
東西冷戦、資本主義列強に囲まれた共産主義のように見える。
車のボコボコファイトバトルは戦争の暗示のように思われる。
いじめられきった黒塗りの車はやがて小さな金属の塊になってしまう。

いっぽう。
職人が辿り着いた最上階は高級レストラン。そこには支配人の男がいる(神様?)。
二人は琴線のようなものをエレベーターにとりつける。
この支配人とかのこと、ちょっとよくわからない。

階は変わって?中世。
男たちは狭い部屋で机を囲んでビールを飲み、コンパスやなにかの天文的な機械を机上でいじくりまわしている。
この小さなサロンの男たちは、貴族であり学者であり政治家でありフリーメイソンやらでもあるだろう。
男と男のおもちゃとしての文明。

いっぽう女性は纏足を思わせる鉄のハイヒールを履き、下半身を椅子に(自ら)拘束しつつ、鉄靴でジャガイモをひたすら割っていく。身体の自由を奪われ家に閉じ込められた女性。

この階には大きなビアカウンターがあり、一人のマスター(給仕)がサロンの男たちにビールをふるまっている。
娯楽、欲望の象徴としてのビールは、貴族階級のみのものだったが、あるとき、階級上昇した職人の男があらわれる。
汚い手で握手され嫌な顔をする給仕。
しかし娯楽=欲望=ビールのタガは次第にはずれ、あちこちのビールが吹き出し、ビアカウンターはあっという間にカオスと泡の海に。
四苦八苦しながら、やがて給仕はビールを無事職人の男にふるまう。
タガの外れた欲望が、労働者階級にもたらされた瞬間、社会はそのシュールさを加速度的に増していく。

突如さしはさまれる競走馬たちのシーン。馬はよくみるとぜんぶ赤黒いゾンビ馬だ。
ゾンビ馬に乗って意味のない競争に明け暮れる、というような時代が人類に訪れる。陽気で馬鹿っぽいBGM。
くだらない意味のない競争ではあるが、敗者はひどい拷問を受けることになる。
職人の男(だと思う)は4人のおそろしげな男たちに囲まれつかまり、歯を折られる。

ボコボコ車バトルの階では、徹底的にやられた黒い塊を一人の女が拾いに来る。
ほぼ再起不可能なレベルで潰された敗北のDNAは、女(生殖)を介してわずかに他階(未来)にも届けられる。
残された車たちは、今度は彼ら同士でボコボコバトルを始める。戦争は終わらない。

天上のレストランの支配人に黒い塊をわたす女性。
支配人は高いビルの模型をいろいろと作って遊んでいたようだが、最近はこのタワーのさらに高みを目指して、五角形の鉄板のようなものを積み上げるのに熱中しているようだ。

手術室。
職人の男(だと思う)は手術台に固定され、男たちに取り囲まれている。
男の性器はすでに男性器の形をなしておらず、奇怪なゴムのような、バルブのような?ものに変形している(社会化され管理された性の欲望)。
敗者の象徴たるボコボコ黒塗り車の塊を口に入れられる男。すると、男のアナルからピンク色の器官がニョロリと出てきて、そこから歯が次々と流れ出てくる!この映像が一番衝撃度が高かった。

歯とは? 娯楽(食)を楽しむための主体性の根源であり、能動的な欲望の象徴であり、こんな世ではそれは人間性そのものでもあるかもしれない。
歯を失った敗北者は、もはや主体者としてこの資本主義の乱痴気騒ぎを楽しむことはできず、ただ「楽しまれる」存在になるだろう。
アナルから出てきた歯は一列にならび、やがて境目が溶け合い、一本の白い魚肉ソーセージのような、明らかに工業製品らしいものに形を変える。落伍者たちが失った彼らの人間性はまた、商品となる。

欲望の加速はピークに至り、レストランの支配人はタワーの最上部にたどり着く。
その部屋を飾り付けている帽子の男たち(悪魔?)。
祝祭のようにタワーの天からは巨大なリボンが噴き出す。世の饗宴ここに極まる。

~小休止を挟む~

・後半 個人史

序盤から結構寝ていた……。
労働者の男は今度は赤いもふもふした髪の上裸の男としてあらわれる(たぶん同じ役者、というかこれがマシュー・バーニー?)。ちょっと牧神を思わせる。口は血だらけで、歯は失ったままのように見える。そんな時代の人生とはなにか?

STAFFのシャツを着た男たちに囲まれながらロックバンドに熱狂している観客たち。
引きの目線でかなり冷笑的に描かれていると思う。ジョセフ・ヒースの『反逆の神話』的なことが言いたいのかと思った。こんな社会に中指立てても、結局それも社会のありかたを強化させる消費主義の一部でしかない。ここは10代~20代の生のステージに思われる。

赤髪男は階をのぼって次のステージに。そこにはハイヒールを履いて煽情的?な格好をした女性がいる。
かつて拘束具兼ジャガイモ割りのため履いていた鉄靴はハイヒールとなった。その場でモデルウォークを繰り返す女。奴隷から、美的鑑賞物として、あるいはポルノとして生まれ変わった女性の下半身。おそろいの服を着た赤髪男が近づき、二人はまるで婚姻を結ぶかのような動作をするが……突如豹に変貌し男に噛みつく女。獣になってしまった女には復讐の歴史がある。結婚の困難。

男は女をいったん諦め上のステージに。そこにはあきらかに大量生産っぽい(3Dプリンタでつくられたっぽい)装飾柱?がたくさん置いてある。男はこれをひとところに移動させたり、謎のこれまた大量生産っぽいオブジェの凹みに装飾柱の丸み?をはめこむ運ゲーをしたりする。ステータス獲得のための無意味な受験、無意味な労働。仕事の空虚化。

とはいえ無事ステータスを得て結婚のステージに帰ってくる男。女は豹から人間に戻り、結婚してあげてもいいけど、という雰囲気に。しかし男は男でこんな打算的な結婚にはもう嫌けがさしてしまうのだった。低層階に逃げ込む男。

そこでは、バニーガールならぬラムガールの格好をしたお姉さんたちが妖艶なラインダンスを踊っている。代替可能な異性の無限ともいえるつらなり。それは風俗かもしれないし自由恋愛かもしれない。Tinderかもしれない。お姉さんたちの足の下(股の下)に座り込みいっとき休息を得る男。しかしやがてさらに下層階に落とされてしまうのだった。

このあたり記憶があいまい。

人生はもはやシュールとしか言いようのないものになった。そんな社会の端っこで、そういえば一人の男がひたすらラード?かなにかを壁にたてかけた板?に投げつけるイメージが繰り返されていた。あの行為になんの意味があったかというと、何の意味もなく、ただ社会の流れに乗らず、無意味なことを熱心にやり続ける、芸術家(アウトサイダー)というものの表象だったかもしれない。

徐々に水が流れてくるアップのシーンが何回か挟まれるけど、あれはなんだったんだろう(なにか見落としたのかな)。

タワーの最上階ではレストラン支配人(神?)と帽子の男(悪魔?)がガチンコ殴り合いになっていた。支配人が勝って男を殺していた気がするけどよく思い出せない。
だとすると支配人は欲望を司る神で、帽子の男たちは天使なのかもしれない。

それでこれまで全体的に散々な目にあってきた女はどうなったかというと、ついに両脚をひざ下から失い、代わりに膝から下はガラスの化け物じみたハイヒールになっている。顔に生気はなく、廃人にみえる。手にした三本のリボンにつながれた三匹の子ヤギ(子羊?)。これは子供たちだろう。産む機械となった女。短いだけど強烈なイメージ。
脚の変遷で紡がれた女の歴史が面白いと思った。全体的に、女性史というもの主観で描くことはできないので、他者として描いた監督の内省がうかがえる。

・エピローグ もう一度神話の時代

小柄な神様の小屋に突入した巨体神!
狭い部屋でもみ合いになるが、巨体神が小柄神のつくった新しい餅を食べようとすると、歯が抜け落ちてしまう。いっぽう、丈夫な歯を持つ小柄神は餅をむしゃむしゃ食べる。
このあたりで差がついてか、巨体神は敗走。小柄神が追いかける。小柄神の手で五角形の鉄板が空高く投げられ、それは海底へ……。
こうしてふたりの神様のうち、「歯を持つ」神様が勝利した。
積み木遊びをして、新しい餅をつくる、向上心と探求心に溢れた丈夫な歯のこの神様の子孫である私たちの世が、こんなことになってしまうなんて、このときは思いもよらなかったのでした。

おしまい。
カニペンギン

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