レオピン

バルカン超特急のレオピンのレビュー・感想・評価

バルカン超特急(1938年製作の映画)
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何度見ても面白ーい 英国時代の集大成

よく考えたらツッコミどころ満載でマクガフィンとなるネタもしょうもないものだとヒッチ自身認めている。でもプロットが素晴らしいのであきない。

英国とドイツの緊張が高まる1938年。中欧をつなぐ大陸横断列車内で起こるサスペンス。
明らかに外国人が多く乗っている列車内での不審な出来事。彼ら島国の人間のあの態度には見覚えがある。異国で同胞と出会っても容易に近づかない。むしろ遠巻きに眺めて距離を置きさえする。何となく我らと似ている。

とはいえあの非協力的な態度は心理学的にも考察できる。ただ面倒なことに関わり合いたくない どうせ誰かが助けるだろうという傍観者効果。

周りの誰にも同調されない中で自分だけが間違っているのでは? 頭がおかしくなったのでは? という自信の揺らぎ。またすべての人が白と言っている時に自分だけ黒と言い続けることはどこまで可能か。
これらはアッシュの同調実験やミルグラムの実験といった一連の権威主義的性格を明らかにした研究も思い起こす。多くの人が主張を変え長いものに巻かれるがそうではない人間もいる。どういう人間だったら抗えるのか。誰があの権威の塊のポール・ルーカス演ずるハーツ医師のような人間に逆らうことが出来るのか。

彼女が強い意志を発揮できたのはやはり恵まれた育ちによってであろう。わがまま一杯に育ったからこそ、ああも物怖じせずに主張し行動を起こすことができたのだろう。だーかーらー わ・た・し・がゆってるのよー いーたーのーよー 

それにしても一瞬のカットで情報を伝えるのが巧みだ。同じ客席の乗客たちのあの顔つき
眼鏡をかけた伯爵夫人の冷徹な目
イタリア人奇術師ドッポのへばりついた様な笑顔
無関心を装った子連れの夫人
そして途中の駅から乗ってくるクーマー夫人のあのじとっとした目つき 全員信用できない

キャラクターで一番魅力を放っていたのはカルディコットとチャータースのクリケット狂の英国紳士二人。コメディリリーフのここぞという使い方。英国の情報をしきりに気にしていたが外交関係のことではなく試合のことだった。あの二人の関係性にはちょっと触れられないものがあるのかな。彼らにはあれ程待ちわびた試合が雨天延期になっていたという罰も待っていた。

ハイヒールを履いた尼さんは同じ英国人を傷つけるのはイヤだといって寝返る。最後は彼女が一番の功労者だった。あの団結ぶりは彼らがめったに見せることのない愛国心に負っていた。実に英国人っぽい。尻が重いがやるとなったらとことんやる。

この白黒作品を際立たせているのはこういう紳士淑女の静かさではないか。叫び声や怒鳴り声は皆無で聞こえてくるのは線路を走る列車の音だけ。唯一の格闘シーンでも相手には奇術で煙に巻かれてしまう。色んな要素があってもトーンが一定。誰もが落ち着きを保っていた。

騒いでいいのは主人公のみ。この金持ち娘が最後に選んだのは宿で一晩中騒音を立て、図々しくも部屋に押し入ってきたウルサい男。出会いは最悪の男女が最後に結ばれるというラブコメのような展開にも納得せざるをえない。吊り橋効果だと言ってしまえばそれまでだけど。


⇒原作:エセル・リナ・ホワイト「The Wheel Spins」
⇒脚本:シドニー・ギリアット、フランク・ロンダー
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