夏藤涼太

美少女戦士セーラームーンRの夏藤涼太のレビュー・感想・評価

4.3
名作という噂は聞いていましたが、今回初めて見ました。

噂以上のド傑作でした……


構成が天才的に上手いから、初見でも恐らくキャラクターたちの関係性がこの映画だけで掴めると思うんだけど、最後には、原作・アニメシリーズを包括するようなドラマチックな展開が描かれる。これで泣かないやつはいない。
初心者向け作品でありながら、同時に集大成でもあるってどういうこと?実は劇場版1stガンダムみたいに6時間くらいあったのか?と思ったら60分しかなかった。1時間枠の連ドラの脚本家、この映画見たら全員筆折るのでは?

またハイセンスな色使いや構図、バラを筆頭とした映像的メタファー演出に長けた幾原邦彦の初監督映画なだけあって、シンプルにアニメーション作品として面白すぎる。
クライマックスの挿入歌の演出で、泣かないやつはいない…(2回目)

だが何よりすごいのは、大人にこそ刺さる、普遍的かつ、深すぎるテーマ性だろう。

そもそも原作自体に、今までのヒーロー作品とは違って少女をヒーローとしたところに、ウーマンリブ的な時代を反映した社会性があったわけだが……この映画では、その構図がさらに深化されている。

原作では(ヒーローであるセーラームーンの)ヒーローだったタキシード仮面が、本作では完全に、「囚われのお姫様(ヒロイン)」になっている。

では、敵は誰か?
女に囚われたとなると、一応はヒーローでもあるタキシード仮面のヒーロー性を貶めることになるので、敵の設定は重要である。
と思いきや、敵は、まさかの男。しかもヤンデレ。こうすることで、ヒーローの格を下げずに(同時に女性たちの心をくすぐりながら)、ヒーローをヒロイン化させることに成功している。
しかも93年に、それも少女向けファミリー映画でヤンデレBLて。時代を先取りしすぎだろ……。

だが最終的に、この物語は単なるBLでは終わらない。うさぎがセーラー戦士たちの孤独を埋めていたことが後にわかることで、本作のテーマは、恋愛を超越した「利他愛」にあることがわかる。

孤独は人を病ませる。その心の隙間に悪意が入り込めば、罪を犯すことさえあるだろう。フィオレになり得る可能性は、誰にだってある。
そんな孤独を解消するのは、利他的な愛……「個人」化や合理化が進み、孤独と非利他的な考えに侵食された現代人にこそ、刺さるテーマである。
うさぎが守に送ったバラ=愛は、最終的に、巡り巡ってフィオレからうさぎに返され、うさぎの命を救う。これで泣かないやつはいない…(3回目)

まぁ利他愛と言いつつ、クライマックスで、そのフィオレからの「愛」が、キスによってセーラームーンに口移しされるという圧倒的にロマンチックな演出には、心の中の少女性が爆発して思わずうっとりしてしまうわけだが……。

しかし面白いのは、そんな敵であるフィオレを操っていたラスボスが、女……それも、(女性も憧れる「美脚」のみにセクシーさを与えられたセーラー戦士たちとは対象的に)ビキニアーマーをつけた巨乳悪女というところである。

女の敵は、やはり女……それも、デケェ乳で下品に男を誘惑する女なのだろうか。そして、そんなあざとい女に簡単に誘惑される男(フィオレ)もまた、女の敵になり得るのである……みたいな女あるあるを象徴しているような構図で、笑ってしまった。

そして病院でメソメソしてる幼い守、めちゃくちゃシンジ君じゃん…と思ってたら、そもそもシンジ君が緒方恵美に決まった逸話付きの映画だったね。
最後は逆シャアだし、庵野に刺さらないわけがない。

そんなわけで本作が当時の少年少女、そして大人たちに大きな感動と衝撃を与えたであろうことは、想像に難くないが……これを見た原作者の武内直子、および初代監督の佐藤純一がどう思ったのか。めちゃくちゃ気になる。

だって、見終わってみると、このエピソードが原作(というか本編)にないのが不思議になるほど、セーラー戦士たちの関係性においてめちゃくちゃ重要な話なんだもの……

そもそもこの手の少年少女向け作品のヒーローには、悟空然りルフィ然り、「主人公ゆえの空虚さ」問題がどうしてもつきまとってしまう。

うさぎは、はっきり言って能天気バカだ。恋とテストの点くらいにしか悩みがない。両親からも愛されて、友達に囲まれて育ったうさぎには、フィオレが言っていたように、過酷な家庭環境で育ったり、どうしようもない悲しみを抱えた者の苦しみや辛さは、わからない。ここに触れるのは、ある意味、ヒーローもののタブーに触れているとも言え、かなり衝撃的である。
(そもそも、(セーラームーン以外の)少女たちの憧れのヒーローであるはずのセーラー戦士たちが、実は現実社会では疎まれていた孤独な存在だと明かされるだけでもまぁまぁ衝撃なのに。アメコミヒーローとか、日本でも70年代以前のヒーローでは鉄板の要素なんだけどね。80〜90年代のヒーローは、純粋なヒーロー性のみを与えられたある種空虚な存在である)

だけど最終的には、そうして悪意に触れずに純粋(=バカ)に育ったからこそ、うさぎには、誰よりも利他の心、愛がある……という着地がなされる。
うさぎには、孤独や苦しみを理解し、真に共感することは、確かにできないかもしれない。だが、だからこそ、皆を救うことができるのである。 故にうさぎは、唯一無二の、人間を超えたヒーロー(救世主)になり得た。
ヒーローの持つ非人間性を逆手に取って、リアリティを持たせにくい愛と勇気に溢れた救世主を説得力を持って描いた点に、本作の優れた批評性がある……と思う。

これこそが愛と正義の守護神たるセーラームーンの最大のテーマである……と言われても信じてしまうよ。原作の行間を読みすぎだろ、幾原邦彦……。

うさぎの利他愛がセーラー戦士たちと守、そしてフィオレの孤独を救うことで、最終的には隕石を止め、地球をも救う。世界系の走りはエヴァではなくてセーラームーンRにあったのか。シンジ君もミサトさんも出てるしな。
(まぁこのクライマックスの元ネタはガンダムなんだが。アムロが親子かめはめ波してるしな)

それに挿入歌のソロパートと各キャラクターの回想をシンクロさせた演出とか、どう考えても本編のクライマックスでやるやつ。こんなん見せられたら、原作者とサトジュン、嫉妬不可避でしょ……

とここまでベタ誉めしているように、幾原邦彦、映像作家としては本当に天才だと思うんだけど、あのシュールなギャグだけが受け付けない……
イクニオリジナル作品はどれも前半部がキツいのだけがキツいから、セーラームーンみたいに、原作もののオリジナルやるぐらいが一番ちょうどいいかもしれんな。
「紳士服のヒグチ」は、一瞬「いや〜キツいわ〜」と思ってしまったけれど、よくよく考えるとタキシード仮面の存在そのものがまぁまぁシュールな存在なので、まぁいいかと思えた。
夏藤涼太

夏藤涼太