アラサーちゃん

カップルズのアラサーちゃんのレビュー・感想・評価

カップルズ(1996年製作の映画)
4.5
素晴らしかった…
何作か観たエドワード・ヤン、すっかりハマって虜になっているんだけど、そのなかでもいちばん好きな作品でした。

なんて素敵な恋愛映画なんだろう。切なくて、泥だらけで、でも初々しくて美しいラブストーリーを観た気がする。窮屈そうで雑然としたタイペイのなかに、密やかに育まれる確かな愛。
そのカップルが誕生するまでにいくつものカップルは敗れ、荒んだできごとを淡々と映し出していくのだけど、完成された場面構成、深みをもたせる演出、丁寧な動機付け、どこを切り取っても完璧なシーンばかりでため息が出る。

ショットの素晴らしさを一つ一つ言及してたらキリないので言いませんが、ほんとにどのシーンも完璧です。言い過ぎとは思わない。映画の教科書かと思うほど、計算しつくされたミザンセーヌの演出で、リアリティ溢れる一瞬一瞬の彼らを切り取っていく。
そしてレッドフィッシュと父にまつわるシーンに流れるクラシックのアンバランスさ。こういうのがたまりませんな。

マルトをレッドフィッシュの元へ連れて行きたくないルンルン、真っ暗なアパートでのふたりのやりとり。
眠るマルトにフランス語の「おやすみ」を教わり、労るような視線を向けるルンルン。
ホンコン、打ち負かされた慟哭から暗転しての、マールスの乾いた笑い。
レッドフィッシュの怒りと絶望の入り交じる最後のアンジェラのマンション(その直前までの赤・緑の点滅まで素晴らしい)

このあたりのシーン、終わったあとに好きすぎて二回くらい観た。とくにレッドフィッシュのシーンはたまらない。
「カップルズ」というタイトルと観客に近い感覚によってルンルンに感情移入しやすいが、この物語ではレッドフィッシュほど繊細で傷だらけの少年はいないだろう。
悪の骨頂である父。反面教師にしながらも、彼にとっては憧れだった父。あの結末を迎え、消化出来なかった父への怒りと憎しみと愛情は真っ黒になってレッドフィッシュを包み込む。
そんなレッドフィッシュが最後の最後、自分と父親が生きている世界の条理に直面した時に導き出した答え。あまりにも切なすぎる。

エドワード・ヤンは他の作品でも少年犯罪を描くが、彼のメッセージとしてのそれは衝動的で、残忍非道でありながら、切なく、やるせなさを感じさせる。思わず少年の肩を抱きしめてやりたくなる。街なかの喧騒とネオンの中で迷子になっている少年たちのSOSとして、あくまで社会の被害者としての彼らを描き出す。

「キスは不吉だ。絶対に女とキスしてはならない」
「マテラに似てる。君のことをマテラって呼んでもいい?」

ほんの一滴が、あとになって大きな波紋を広げる。こういうなんてことない会話のひとつひとつさえ、収束に向かった時の感動たるや言葉にできないです。

そしてラストは傑作でした。
トゥースペイストから罵声を浴びながら、「きょうは怒鳴られまくった」と回顧するルンルン、そして気付く、もうひとり自分を怒鳴り散らしていた彼女の真意。
助手席に座るマルトの表情の揺れ(「さざなみ」のラストのランプリングを思い出すほど鳥肌立った)。
そして、タイペイの混沌としたきらびやかな喧騒に包まれてのラスト。喧騒はやまない。なぜなら、誰が死のうと、泣こうと、愛が生まれようと、タイペイの街は、ずっと変わらずに呼吸してるのだ。