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ニューヨーク・ストーリーのnetfilmsのレビュー・感想・評価

ニューヨーク・ストーリー(1989年製作の映画)
3.8
 爆音で流れるProcol Harumの『青い影』(A Whiter Shade of Pale)のメロディ、無造作に床に置かれた画材道具一式、ニューヨーク、マンハッタンのイーストサイド、この街のだだっ広い倉庫にアトリエを構える画家のリオネル・ドビー(ニック・ノルティ)は白いキャンバスを埋めるアイデアが見つからず、煮詰まっていた。10メートルほどにも及ぶ巨大なキャンバス、殴り書きのような下書きのようなイメージが書き込まれているものの、一向に着色される気配はない。ドビーはキャンバスの周りを行ったり来たりしながら、時折立ち止まりキャンバスと対峙する。その集中力を切らすような巨大なチャイム音、イラついたドビーは思わず筆を放り投げる。「昼飯でも食べないか?」というマネージャーのフィリップスの言葉に苛立つドビーは俺はただ眠りたいだけだと答え、フィリップスにアトリエの敷居を跨がせずに帰す。彼の極度のスランプの原因は助手であり恋人でもあるポーレット(ロザンナ・アークェット)だった。2回りも年の違うカップル、奔放なポーレットは彼の元を去り、グレゴリー・スターク(スティーブ・ブシェミ)と勝手気儘な旅を続けていた。彼女を空港のロビーへ迎えに行く場面の印象的なスロー・モーション。苛立つ男のくわえ煙草、いつまでも現れないポーレットの姿にイライラするドビーの姿は、『タクシードライバー』のトラヴィスや、『救命士』のフランクのように深刻な神経症的な症状を抱えている。

 実の娘のような年齢の自由奔放なファム・ファタールに翻弄される主人公の滑稽さ。田舎へ帰りたいのと呟くポーレットに対し、ドニーはこの街の魅力を精一杯プレゼンし、「君を汚い世間から守る」と滑稽な宣言をする。肉体関係を強要しない愛人契約。ブラウスにパジャマを履かず、パンツ姿でベッドに寝そべる彼女の奔放な艶かしい足を覗き見るドニーの描写は、『ハスラー2』で行儀の悪いカルメン(メアリー・エリザベス・マストラントニオ)を呆れた顔で見つめたファスト・エディ(ポール・ニューマン)に始まり今作を挟み、『ケープ・フィアー』においてサム(ニック・ノルティ)が殺人鬼の誘惑から離れるように説得しようと思春期の娘ダニエル(ジュリエット・ルイス)の部屋に入り込んだ場面で3度繰り返される。じゃじゃ馬のような女がアトリエに戻っただけで、スランプに陥っていたドニーは突然キャンバスに狂ったように色を重ね始める。Procol Harumの『青い影』(A Whiter Shade of Pale)を筆頭に、カセット・テープで爆音で流されるCreamの『Politician』、Ray Charlesの『(Night time Is) The Right Time』、Bob Dylan and The Bandの『Like A Rolling Stone』らROCKとR&Bの洪水は精力剤(バイアグラ)のように男を果てることのない創作意欲の旅へと導く。ポーレットは大声でドニーの名前を呼ぶが、無我夢中でキャンバスに向き合う彼にその声は届かない。やがて画家の背中をしげしげと眺めながら、ポーレットは少しだけ微笑む。

 今作はマーティン・スコシージ、フランシス・フォード・コッポラ、ウディ・アレンのNYの3大巨匠そろい踏みのオムニバス映画として製作された。スコシージはそのうち、第一話目『ライフ・レッスン』を担当する。孤独な芸術家はファム・ファタールのような女に振り回されながら、同時に彼女の美貌をインスピレーションに3週間後に迫った個展のための絵を無我夢中で完成させて行く。ポーレットの元にはグレゴリーや女ったらしのリューベンのような血気盛んな若者たちが群がり、彼女を誘惑する。ドビーはその姿を逐一目で追いながら、男の誘惑に乗る彼女の姿が内心気が気ではない。嫉妬に駆られた男は彼女の口車に乗り、パトカーに乗る男にキスをしろというミッションまで背負わされるが、彼が振り返った時、路地にはもう彼女の姿はない。まるで『アフター・アワーズ』で主人公に声をかけたマーシーのような自由奔放さ。ドビーが絵を描いている深夜中、リューベンを招き入れたポーレットの部屋の窓はカーテンが閉められる。翌朝に夜明けのコーヒーを注ぐドビーとリューベンの関係性は、『ギャング・オブ・ニューヨーク』で娼婦のジェニー(キャメロン・ディアス)をアムステルダム(レオナルド・ディカプリオ)に寝取られたブッチャー(ダニエル・デイ=ルイス)の哀れの原点となるが、ドビーはポーレットをこのチンケな男に寝取られた代わりに、恐るべき作品をこの世に産み落とす。トリュフォーやロメール、ユスターシュに寵愛された撮影監督ネストール・アルメンドロスとの最初で最後のタッグとなった今作は、若い男女と初老の男の三角関係、大胆なアイリスの使用は『ディパーテッド』に受け継がれた。長尺作家スコシージらしからぬヌーヴェルヴァーグのような軽快なタッチに驚く45分間の忘れ得ぬ短篇である。
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