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キング・オブ・コメディのnetfilmsのレビュー・感想・評価

キング・オブ・コメディ(1983年製作の映画)
3.8
 子供たちが寝静まり、夫婦がようやく家事を終え落ち着ける午後11時、ブラウン管からはいつもの人気番組が始まる。トニー・ランドールの名司会、ルー・ブラウンと彼の楽団による軽快なJAZZ、この愉快な番組をまとめるのはジェリー・ラングフォード(ジェリー・ルイス)に他ならない。風刺の効いたシニカルなジョーク、観覧席の客をも巻き込む軽快な語り口は、まるで「キング・オブ・レイト・ナイト」と呼ばれたジョニー・カーソンのようなウィットに富んだユーモアと示唆に富む。ジェリーは1時間の番組を終え、クタクタになりながらテレビ局を出るが、そこには決まって熱狂的なファンが長い列をなす。劇場の楽屋口、警備員が最初にドアを開け、サイン帳の束を回収し、再びドアを閉める。この列の道路側にルパート・パプキン(ロバート・デ・ニーロ)は陣取っていた。周囲のファンから「あなたの持っているサインと取り替えてくれ」と言われたのに対し、パプキンは「俺はお前らとは違うんだ」と悪態を付く。やがてリムジンに乗り込むために楽屋口を出たジェリー・ラングフォードは案の定、ファンたちの行列に押しつぶされる。ようやく後部座席に乗れたと思ったのも束の間、そこには既に熱狂的なファンのマーシャ(サンドラ・バーンハード)が1人待ち構えていた。慌ててドアを開けたジェリーを追いかけるように、内側からガラスを叩くマーシャの両手のストップ・モーション。やがてパプキンに促されてリムジンに乗り込んだジェリーは、感謝の念を抱きつつも、厚かましく同乗するパプキンに不快感を示しながら、手をケガしたという彼にハンカチーフを渡す。

 喧騒を抜けた車内では、ストイックな駆け出し男のプレゼンが突然始まる。彼の情熱的な売り込みを理解しながらも、ジェリーはパプキンの厚かましい売り込みに困惑を隠さない。自分のことを尊敬していると言いながら、彼の自分語りはリムジンを降りるまで延々と続けられる。リムジンを降り、帰路に就く際もパプキンは大声でジェリーへの想いを伝えながら、全力で手を振る。ロバート・デ・ニーロは『ミーン・ストリート』において、方々から金を借りまくり、やがてイタリア系マフィアに高額な借金をするる無軌道な青年ジョニー・ボーイを演じ、『タクシードライバー』ではヴェトナム帰りの元海兵隊員で、中西部からニューヨークにやって来た友人も恋人もいないトラヴィスを演じ、『レイジング・ブル』ではボクシング史上最高の選手と評される拳聖シュガー・レイ・ロビンソンと実に6度もの対戦を果たした実在の人物ジェイク・ラモッタを印象深く演じた。スコシージの映画ではしばしば社会から疎外され、孤立した主人公が登場する。スコシージ×デ・ニーロ・コンビはこの「孤立した男」の造形を最大限に誇張し、社会から孤立する主人公の姿を1作ごとに先鋭化させていった。この後の作品と比較しても、スコシージ×デ・ニーロ・コンビの狂気の演出の最高沸点となったのは間違いなく今作である。多幸感に満ちた表情で部屋に帰ったパプキンを待つのは、NBCテレビ・ネットワーク顔負けのジェリー・ラングフォードの木製の等身大パネルに他ならない。その書き割りのレベルの高さは既にTV局のセットと遜色ないレベルである。スコシージの実の母親が声だけで出演し、夜中に騒ぐパプキンを制するが、マザコンだった当のパプキンは実の母親のその声に苛立ちを隠さない。「録音中だったのに」と言いながら1人癇癪を起こすルパート・パプキンは只事ではない深い心の闇を抱えている。

 導入部分では関連性のない赤の他人だと思われていたルパート・パプキンとマーシャが共通の利害で深く結びついた時、ルパート・パプキンとマーシャ、それにジェリー・ラングフォードの関係を三角関係で結ぶことが出来る。この三角関係の描写は、『ミーン・ストリート』において、仲間たちにお金を借りまくった挙句、コミュニティから孤立したジョニー・ボーイ(ロバート・デ・ニーロ)と彼の親友チャーリー(ハーヴェイ・カイテル)、ジョニーのいとこで、チャーリーと密かに付き合うテレサ(エイミー・ロビンソン)の3人の関係性と、『レイジング・ブル』において、ジェイク・ラモッタ(ロバート・デ・ニーロ)の活躍を敏腕マネージャーとして見守った実の弟ジョーイ・ラモッタ(ジョー・ペシ)とジェイクの妻ビッキー・セイラー(キャシー・モリアーティ)の三角関係と等価で結ばれている。『タクシードライバー』において、極度の不眠症という精神疾患を抱えるヴェトナム帰りの運転手は、現実とも幻想とも判別のつかない深いまどろみの中でもがき苦しむ。今作では意識的に現実と幻想の混濁した映像が登場し、ルパート・パプキンの妄想の視点と現実との視点とが交互に描かれる。ジェリー・ラングフォードは決してパプキンに心を許していないが、厚かましいパプキンは高校時代から狂信的に思い続けるBARの女性店員リタ・キーン(ダイアン・アボット)をジェリーの別荘へ誘う。『タクシードライバー』では徐々に精神疾患を患ったトラヴィスがある一つの凶行に走るが、今作においてルパート・パプキンは最初からねじが振り切れている。『タクシードライバー』と比較すると今作では最初からネジが振り切れた男が一つの凶行に走るが、その背景を説明するはずの収録映像でのパプキンの独白が今一つ真に迫らず、何かの冗談のように聞こえてならない。それ以上にパプキンとジェリーの結びつきに割って入ったマーシャの狂信的な思いの方がデ・ニーロの怪演よりもずっとインパクトが強いのが難だが、俳優ロバート・デ・ニーロを語る上で外せない名作である。
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