カラン

アンダーグラウンドのカランのレビュー・感想・評価

アンダーグラウンド(1995年製作の映画)
5.0
1941年、ナチス・ドイツの空爆でベオグラードの街が破壊される。友達のクロを共産党に引き込み、パルチザンの対独闘争という名目で、盗みや武器の闇取引をして、マルコは党内の位置を高めていた。クロが劇団の女への愛でナチスに捕まると、救い出したついでに、他の者たちと一緒に地下へ幽閉して、女と生活を始め、1961年、1992年と歳月が経つが、バルカン半島で戦争はなくならない。それどころか、祖国が消滅する。。。

第1部〜エロスの導入

300分を超えるバージョンがある。カンヌでパルムドールをとることになった劇場公開版は163分で、これは大幅に削除されたものだという。再見なので、ロングバージョンを観たかったが、170分版のBlu-rayで視聴した。170分でも十分に長いのだが、ネガティブな長さではない。切り詰めたんだろうと思われるカットが各シークエンスに散見されるのは、少し可哀想な気はするが、エロス成分が充実しているために、退屈さはほぼない。

エロス① 動物

チンパンジー、トラ、アヒル、ゾウ、、、生き物たちは、ナタリアやマルコの振動する身体や大きな尻をだした娼婦と同じく、猥雑な愛おしい何か、ユーゴスラビアにあった何かを象徴し続ける。

エロス② ナタリア(ミリャナ・ヤコヴィッチ)

3人の男(マルコ、クロ、フランツ)を天秤にかける。自分と弟の生活の足しになるのであれば対独レジスタンスのコミュニストでも、そのお友達のタフな電気屋でも、ナチス将校でも、なんでもかまわないはずだが、酔っ払い、ひどい顔色で汗をかきながら、身体を揺すり続ける。生命は揺れて始まるが、身体を揺すれない年齢になると、燃えて、ゴーストに。

エロス③ マルコ(ミキ・マノイロヴィッチ)

詩人で共産党員で対独レジスタンスで私腹を肥やし、引き込んだ友人のクロ(ラザル・リストフスキー)や実の弟のイヴァン(スラヴコ・スティマツ)を裏切り、武器密売で党内の立ち位置を上げる。音楽に合わせて、或いは、酔っ払って身体を揺することもあるが、むしろ緊張からか、ナタリア同様にとても激しく振動する。足を撃ち抜き、車椅子で燃焼してやはりゴーストに。


第2部〜飛行する花嫁と水の中での出逢い

エロス①〜③が終息するのは、第二次世界大戦の終結から15年たち、クロの息子のヨヴァンが20歳となり花嫁をもらう宴の最中に、戦車砲と共にクロ親子が下界に出て、マルコが足を銃で撃ち、花嫁が井戸に落ちていく時なのであった。つまり、第2部の半ばである。

本作はエロス的展開から、救国の英雄を崇めるプロパガンダ映画の撮影(この撮影によって人物たちがダブルになる)を経て、第3部のゴーストたちが邂逅する死の世界に突入する。エロスの第1部と死の第3部の蝶番となっている、この第2部の映画的展開は極めて見事である。

花嫁が地下壕で遊泳し、戦車砲によって外界に繋がるのにも関わらず、花嫁が井戸でゴーストになる。映画撮影現場のドタバタを抜けて、花婿ヨヴァンがドナウ川で射殺され、水に消えると、水を流れてきたゴーストたちが邂逅する。花嫁は空を飛んでいたのではなく、井戸に飛び込む前からドナウ川を流れていたのか。クストリッツァのファンタジーが炸裂していた。水の中を飛来するウェディングドレスの布切れはあまりに生々しく、異様な美しさだ。


第3部〜結集と分割

ベルリンの精神病院に収容されていたイヴァンは兄マルコの裏切りを知らされ、マンホールから地下に入ると、大戦中にレジスタンスが掘った巨大な通路でチンパンジーのソニに出逢う。ソニと共に通路から既に消滅したユーゴスラビアのかつての地下壕にやってくる。地上に上がると、兄マルコがナタリアと共に武器の密売をしており、兄を激しく打ち、自分も自殺する。マルコとナタリアが兵士に捕まり、兵士がクロに連絡すると、クロは2人を殺すように命じる。その後、それが「わが兄弟のマルコとわが恋人のナタリア」と知り、呆けたようにかつての地下壕にソニと一緒にクロは降りていき、井戸の中に息子ヨヴァンの幻影を見つける。第2部の半ばで、花嫁がそうしたように、自分も井戸に消えていく。

その水の先に半島があり、そこではヨヴァンを産んだ時に死んだ妻がいて、まだナタリアについて恨みごとをこぼしている。クロは忘れろと。マルコもやって来て、クロは裏切りを忘れないが許すと。地下壕で爆死したであろう音楽家たちもやって来ている。アルチュール・ランボーの『地獄の季節』の「かつて、記憶がたしかなら、俺の生活は宴だった。誰の心も開き、酒という酒がことごとく流れ出す宴だった。」を想起させる天国的な光景である。しかし半島が、ぼきりと大地からもげて、水の上を流れていく。死と分割の第3部は、1部と2部の反復であるが、悲しいくらいに明るく遠ざかっていく。裏切った者も裏切られた者も、全員が結集したので、水に消えていく。
 

金管のバンドが騒々しく、物哀しい土着の音楽を鳴らす。バルカン半島のダンスをともなうことも多いロマ音楽をチョチェクというらしい。
カラン

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