人生はまるで小川に浮かぶ紙風船のように流れるままに。歌舞伎『髪結新三』(原作 河竹黙阿弥)が原作の本映画。
天気や小道具が、饒舌に物語を語り、序盤30分で長屋の人々の生活を紹介しきってしまう見事さ。
登場人物が落語家の林家正蔵のように、軽妙にやりとりしていく。
刀をラストまで抜かずにここまで面白くなる時代劇を初めて見た。
虚無の描き方やヒロイズムを貫いて悲劇的な死を遂げる主人公に時代性を感じる。
時は西条八十作詞の「露営の歌」が大ヒットした1937年。日中戦争勃発年だ。
「露営の歌」は、戦意高揚のために作られながらも悲壮感漂う歌になっている。
「戦争する身は かねてから
捨てる覚悟で いるものを
鳴いてくれるな 草の虫
東洋平和の ためならば
なんで命が 惜しかろう」
ヒロイズムのためなら命も惜しくないとする価値観にこの映画がピタリとハマる。
昔の生き方を捨てられず、武士の見栄に執着して、死ぬサムライ。
物事に執着せず、自分の生き方を貫く新三が対象的にカッコいい。
どうあがこうと決して越えられない身分や固定された貧困。当時の大衆の心をとらえていたのか。大変気になる。金魚売りの長唄、雨漏り、宴会芸。現代から見たら「江戸」の風はもう遠くに行ってしまったのかもしれない。
山中貞雄に、平家物語と方丈記を撮って欲しかった。
山中貞雄の遺書にはこうある。
「『人情紙風船』が山中貞雄の遺作ではちとさびしい。負け惜しみにあらず。最後に、先輩友人諸氏に一言。よい映画をこさえてください」