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路地へ 中上健次の残したフィルムのwisteriaのレビュー・感想・評価

4.1
小説家中上健次の命日である8月12日前後に、彼の生地であり小説の聖地でもある和歌山県の新宮を舞台に「熊野大学」という文化企画が毎年行われていて、私も何度か足を運んだことがある。当時住んでいた広島とか岡山から新幹線とオーシャンアローを乗り継いで、真夏の新宮駅で降り立った時の温気ときたら!

この作品は映画監督井土紀州が作品ゆかりの地を巡りつつ一節を朗読するロードムービー映像と中上健次自身が個人的に記録していた16ミリ映像から構成されている。撮影は田村正毅、音楽は大友良英、坂本龍一など、作品自体の監督は青山真治。

複数の中上作品において非常に重要な役割を果たす「夏ふよう」(または「夏芙蓉」)のイメージが作中何度か印象的に使われているが、私の記憶だと中上健次のプライベートフィルムの中にはそれはいっさい映されていなかったはず。そのことは、中上にとって「夏ふよう」は現実の芙蓉という植物とは別のフィクショナルなものであったことの顕れのように思えた。

新宮にある中上健次資料収集室に保管されているという『千年の愉楽』の自筆生原稿を一度見てみたいと思いつつ、まだ実現していない。
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