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ハムレットのモカのネタバレレビュー・内容・結末

ハムレット(1990年製作の映画)
3.0

このレビューはネタバレを含みます

『ハムレット』を読んだ事がない人は沢山いますが、『ハムレット』を知らない人はいないでしょう。
言わずと知れた『リア王』『マクベス』『オセロー』と並ぶ4大悲劇のひとつで、その中でも知名度の高さでは筆頭かもしれません。
自分は好きで何度も読みましたが、映像化された物を観たのはこれが初めて。
ハーバード大学の政治哲学の講義で、マイケル・サンデル教授が文学作品の例として挙げていたのもこの映画でした。

シェイクスピアの作品はどれも戯曲なので、映像化するとセリフや動きがどうしても舞台調になってしまうため、映画としてはかなり観づらいのが惜しいところ。
そんなわけで、シェイクスピア関連の映像作品は現代ではあまりウケない物が多いんですが、この作品は他の『ジュリアス・シーザー』などと比べると、比較的取っ付きやすく作られています。
セリフももちろん原作から引っ張って来ていながらも、なるべく観やすく撮ってくれていました。ただやはり語調はクセが強いので、普通の会話を期待してはいけません。そのぶん変更点も少ない忠実な作りとなっています。
ハムレットの舞台設定はおそらく9~10世紀頃かと思われますが(諸説あります)、城や中世の雰囲気もなかなかです。

そして、キャストも豪華。
主人公ハムレット王子にメル・ギブソン。世間一般では結構なよっちいイメージの定着してるハムレットですが、シェイクスピアによる本来の人物像では髭を生やした雄々しい男性ですので、これはなかなか原作には合っているかと。逆に世間一般のステレオタイプとしては、王子といえば華奢な美男子がイメージされやすいので、それを期待して観ると裏切られます。
悲劇の恋人役オフィーリアにはヘレナ・ボナム=カーター。いいんですけど、自分は『ファイト・クラブ』のマーラ・シンガーのイメージが強すぎて、ちょっとしっくり来ない感じもありました…。まだ若い頃ですが、演技力はさすがの一言です。
ハムレットの親友ホレイショーには、『ゲーム・オブ・スローンズ』のスティーヴン・ディレイン。地味ですが、ゆくゆくは物語の語り部となる重要人物を担当しています。悲劇の中では珍しく信頼に足る人物です。
オフィーリアの兄レアティーズにナサニエル・パーカー。この配役は少し意外でした。外遊を好むレアティーズに、誠実そうなナサニエル──まだあどけなさの残る顔立ちでしたが──をキャスティングしてくるのには監督のこだわりを感じます。こちらはハムレットと剣を交えるという意味で重要人物です。
レアティーズの父で、劇中の憎まれ役ポジションとなる顧問官のポローニアス。これにはビルボ・バギンズ(晩年)で有名なイアン・ホルム。あまりビルボの雰囲気は漂っていません。すっかり口うるさい顧問官です。
ハムレットの母である王妃ガートルードは『セブン・シスターズ』のグレン・クローズ。やたらと口づけをする行動が目に付きますが、原作にこの描写は見られません。
国王クローディアス役のアラン・ベイツはよく知りませんが、ハムレットの父を暗殺して王になった男を違和感なく演じてくれていました。クローディアスはハムレット王子の父である先王ハムレットの弟です。兄から王位と妻を奪うことが、この悲劇の発端となります。

物語としては、父を殺して王位を奪った叔父に復讐するという、わりとよくあるテーマですが、それを西暦1600年頃に書き、かつ鋭すぎる心理描写と躍動的な悲劇表現に富んでいることが、今なおこの作品が世間に評価されているひとつの理由だと思われます(ただシェイクスピアの完全なる独創ではなく、物語には題材となった別の作品があるそうです)。

『ハムレット』で最も有名なシーンはやはり第3幕第1場の独白でしょう。
「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」というやつ。映画の中でもこのシーンはかなり正確に再現されていました。
誰もが現世の悲惨さと死の恐怖を秤に掛けた時に感じる不明瞭な思念、それをうまく言葉にして表現してるのは、さすがシェイクスピアだと言う他ありません。
ただあくまで独白ゆえに、普通に観てる限りではメル・ギブソンが独り言をぶつぶつ言ってるだけです。そもそも『ハムレット』は独白の多い作品ですので、結構頻繁にぶつぶつ言ってます。映像的な迫力はないものの、内容は深いことを述べているため、そこから意味を汲み取れるとさらに面白く感じられるでしょう。

とは言え、全てが入っているわけではなく、削られた場面もいくつかあります。
さっそく出だしの第1幕第1場で、フランシスコが城壁の見張りをしている場面はカットされていますし、加えて第4幕第6場の、ハムレットがイギリスへ輸送される途中に海賊に襲われる部分も出てきません。さらにはハムレットから王位を継承するはずのノルウェー人フォーティンブラスも登場しません。
尺も長めで結構とんとん拍子で進むのですが、それでもセリフをしっかりと踏まえる以上、全てを盛り込むのは難しいのかもしれませんね……。

ちなみに、書籍版『ハムレット』の邦訳は、30以上にも及ぶとんでもない数の訳書が出ています。出版社によって印象がガラッと変わりますが、個人的におすすめなのが角川文庫の物。最新の口語体で読みやすく訳されていました。
シェイクスピアのセリフは聞いてるだけでは分からない言葉の綾掛けや風刺がふんだんに含まれていますので、気になる方は手に取ってみてください。
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