Jeffrey

スール/その先は…愛のJeffreyのレビュー・感想・評価

スール/その先は…愛(1988年製作の映画)
4.5
「スール/その先は……愛」

〜最初に一言、ソラナス監督のまたしても大傑作。馬鹿げたユーモアのセンスとグロテスクなビジュアル。ハッピーエンドなのかそうではないのか、観客に委ねるクライマックス。スモークや逆光照明や紙吹雪、まるで舞台から発想を得たかのような独特の演出、終始夜が舞台となっており、三角関係の話に敢えてフランス人の男性を組み入れ、愛を強調した4つの章に分かれた傑作である。まさにアルゼンチン作品の賜物だ〜

本作は1988年に制作されたアルゼンチン映画で、一昨年84歳で亡くなった監督フェルナンド・E・ソラナスのカンヌ国際映画祭監督賞を受賞した作品で、この度廃盤のDVDボックスを購入して全て初鑑賞したがどれもよかった。このような作品はレンタルや配信がされていないため、なかなか見ることができない貴重な作品たちである。この作品の特徴は同じくアルゼンチン出身の作曲家アストル・ピアソラによるタンゴのリズムがすごく印象的に残る作風でもある。それにバンドネオン奏者のネストル・マルコーニとタンゴ歌手のロベルト・ゴジェネチェが登場したりと、誠に愉快な眼差しで観れる。本作は88年カンヌ国際映画祭で最優秀監督賞を受賞して同じ年にはハバナ・ニュー・ラテンアメリカ映画祭でもグランプリ(グランドコーラル賞)と最優秀映画賞、撮影賞と編集賞を受賞している。

ピアソラはニューヨークに育ち、アルゼンチンの首都ブエノスアイレス独自の文化だったタンゴを外国人のように見ていたピアソラが、タンゴの何たるかを徹底的に叩き込まれたのか、トロイロ楽団で過ごした5年間だったそうだ。ピアソラはその間に作曲や編曲でバンドネオンの技を磨き独立していったそうだ。その後も2人の友好関係を続いて1970年にはバンドネオン二重奏で、カルロス・ガルデル=アルフレド・レ・ペラ作の「帰郷」などを録音している。ところで映画のタイトルになっていて、重要なキーワードにもなっているスール(南)と言う言葉は、ブエノスアイレスの南部地域で、そしてアルゼンチンまたはラテンアメリカ全土の南部地方と言う2つの意味合いが込められているそうだ。スールと聞くと真っ先に思い出すのがエリセ監督の「エル・スール」だ。

しかしアルゼンチンの人が、その言葉を聞くとオープニングで流れるトロイロの代表作その名も「スール」は1948年の作品で、作詞はタンゴ史上最高の詩人オメロ・マンシの事を思い浮かべるんだろうなと思う。更にスール(南)ブエノスアイレスの下町、ポンページャ地区が描かれており、この南は失われつつあるブエノスアイレスの下町の代名詞でもあったそうだ。この作品の第3章に出てくるアルゼンチンロック界のスーパースターのパエスのオリジナル曲が使われており、1987年のアルバムに収録されていたもので、彼は監督の次回作である「ラテンアメリカ光と影の詩」にも登場していた。因みに第4章でソラナス作詞作曲の「どもりのミロンガ」を歌っているのは、アルゼンチンの隣国ウルグアイを代表するフォルクローレ畑のシンガー・ソングライターのアルフレド・シタローサである。前置きはこの辺にして物語を説明していきたいと思う。

さて、物語はアルゼンチンの軍事独裁政権がようやく終わりを迎えた1983年、政治犯として5年間投獄されていた男フロレアルが釈放された。妻と息子の待つ家に向かう彼の目の前に、もう死んでしまったはずの友人たちが姿を現し、5年間の間に起こった様々な不幸を思い出させてくれる。中でも彼の心に重くのしかかるのは、自分が不在の間に友人と不貞を働いた妻ロシの事…と簡単に説明するとこんな感じで、8年間にわたり亡命生活を終えてアルゼンチンに戻ったソラナス監督が傑作「タンゴ ガルデの亡命」の後に祖国に戻って撮った復帰第一作で、青色を基調とした幻想的な一夜の物語に、監督自身の体験、心情が存分に投影されている。音楽は前作同様、タンゴの革命児ピアソラが書き下ろしたほか、名匠アニバル・トロイトロの名曲の数々を名歌手ロベルト・ゴジェネチェがバンドネオン奏者ネストル・マルコーニを相手に、夜の路上で切々と歌い上げている。至福の122分間である。

この作品は冒頭から凄まじいブルーを強調した映像で映し出される。ゆっくりとカメラは路上を捉え、その夜の荒れた街中でネオンバンドの演奏が響き渡るオープニングで始まる。カメラはゆっくりと移動した後に、彼らを固定ショットする。図書館(?)でのキレキレのカメラワークは個人的には良かった。なんだかミュージカル映画見てるかのような感じがした(決して歌ってるわけではないが、繰り返しセリフがリズムよく話されるためそう感じる)。この監督の作品なんだか誰かに似てるなぁと思って見てる間ずっと頭の片隅で考えていたのだが、ストローブ=ユイレ作品だ。どうりで説教じみているなと思った。それにしてもタイトルの…愛は、愛と言うテーマを持った監督最初の映画なんだろうだと思う。確かインタビューで、前作の撮影を終えた後、アルゼンチンに帰って、その時帰国の喜びと民主主義への復帰の喜びが、この映画には盛り込まれていると話していた。

てか、この作品なぜフランス人の男性を三角関係の物語に組み込んだだろうと思ったが、亡命者の感覚を覚えるフランス人の男と言うアイディアは前作にも使用していた。68年以降に見られる文化的消費、あるいは消費社会の時代を拒絶するのがピエールと言うキャラクターだったのだろう。民主主義の国から、アメリカへ自発的に亡命するキャラクター、と言うアイディアがソラナス監督の好みのようで、フランスからアルゼンチンへ何かを一緒に持っていくと言うアイディアがあったのだろう。8年の亡命の後に祖国へ帰った時、フランスの良さが分かり、とても恋しく思ったとインタビューもしていたし、愛する友人たちのいる国でもあるし、そこで暮らした日々は何よりも、監督の人生の大事な部分だったに違いない。

2時間ほどあるこの作品は結局のところハッピーエンドだったのか…そうじゃないのか、個々の解釈に委ねられているような感じがする。とはいうものの、日本人からしたらそうなのかもしれないが、アルゼンチンの観客たちは苦さと楽しさの両方を感じるのかもしれない。とりわけ馬鹿げたユーモアをこの作品は兼ね備えているからだ。この映画で印象的だったのは基本的に夜の場面ばかりなのだ。夜は愛のための時間だったのだろうか…終始、夢の時間のような気もして、終始不安が漂っていた。全体主義的、独裁主義的な霧と夜から夜明けを映していた。そういえばスモークや逆光照明を使っていたのは舞台の発想からだったのだろうか、冒頭のシークエンスから紙吹雪が舞っていて、ついたり消えたりする照明がすごく印象に残っていたし、ドラマティックでもあった。かなり独特な作品だから見る人を選ぶが、個人的には非常に好みだった。
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