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ゆきゆきて、神軍のレントのレビュー・感想・評価

ゆきゆきて、神軍(1987年製作の映画)
4.6
神軍と皇軍


トヨタマークⅡの屋根には車体ほどもある看板が乗せられ、その看板や車体には田中角栄を殺す、宇宙人の聖書等々の物騒な文字がびっしり書き込まれている。見るからに物々しい雰囲気を醸し出す男、奥崎謙三。
これは彼が神軍平等兵として闘う活動の日々を映し出したドキュメンタリー。

その経歴はすさまじく、また一見こわもての人相からも近寄りがたい。しかし話してみると意外にも礼儀正しい、かと思えば突然激高しだして暴力もいとわない。
いったい何なんだこの男は、アナーキストとはいえ自分の感情をコントロールできないのか。いったい彼の行動原理はなんなのだろうか。作品を見るうちにそれが紐解かれていく。

飢餓地獄と呼ばれたパプアニューギニア戦線から生き残り、戦後を生きてきた奥崎。彼もほかの帰還兵同様、戦争から解放されて平和な国で人生を送るはずだった。しかし彼が三十代のころ経営するバッテリー屋の賃貸人とのトラブルで相手を死なせてしまう。
十年以上の刑務所暮らしで彼は自分の身の上について考えた。なぜ自分はこのようなことになってしまったのか。普通の人間ならその激高しやすい性格、暴力を反省して生まれ変わろうと考えるだろうが彼は違った。これは天罰なのだと。先の戦争で偽りの神である天皇に仕えあの愚かな戦争に加担してしまった自分に天罰が下ったのだと彼は思った。
そして自分に戦争させた天皇を憎み、彼は天皇に対抗する自らの神を作り出す。どの宗教にも存在しない彼だけの神を。その神に従う神軍平等兵として生まれ変わる瞬間だった。

天皇が支配する国家やその国家が作った法律には縛られない神の法にだけ従う。国家や家制度を破壊するのが彼の役目となった。

そこから彼のアナーキストとしての活動は始まる。天皇にパチンコ玉を打ち込み、ビルの屋上から天皇ポルノビラをばら撒く。

そして今の彼の目下の活動は戦後行われた戦争犯罪を暴くことだった。終戦を知らされたにもかかわらず罪のない兵士二名が処刑された。その事の真相を明らかにするために彼はカメラマンを従えてかかわった人間たちの家にアポも取らずに押し掛ける。
突然来られた人間にしてみれば迷惑は話であり、みな戸惑うのも当然。しかし奥崎はそんな相手に対して態度が悪いとつかみかかる。
自分の行いは神の法による行い、人間が決めた法には縛られない、正しいことを実現するための暴力は正当化されるのだと。

かつて天皇の名のもとに暴力を強いられた奥崎、今は自分が信じる神の名の下に暴力をふるい続ける。

彼は言う、かつての許されない戦争にかかわった自分たちには天罰が下った、だから我々は戦争について口をつぐんではいけないのだと。多くがあの悲惨な戦争を無理やり忘れようと努めてきた、そんな気持ちなどお構いなしに奥崎は人々の心の傷のかさぶたをべりべりはがしてゆく。

そんな中で明らかになる現地での人肉食という事実。補給路を断たれ飢餓状態にまで追い込まれた日本軍が捕虜や現地の住民を殺して食べたことは知られている。これが本作のもう一つの大きなテーマである。ひとつは奥崎というアナーキストの活動、そしてもう一つは日本軍が犯した罪である。

当時のパプアニューギニアではソンミ村虐殺に匹敵するティンブンケ事件があったのは有名だが、そのほかにも周辺では地獄絵図ともいえる日本軍による蛮行が行われていた。当時の原住民被害者によれば目の前で母親を強姦されたあげく、その母親はバラバラにされて食肉に加工されてしまったという。以前週刊朝日で読んだ記事だが、本作の当事者たちの言葉からこれが事実であったことがわかる。くろんぼう(原住民)の肉、しろんぼう(オーストラリア人捕虜)の肉という生々しい当事者の肉声を聞ける点でも本作はかなり貴重な歴史的資料になりうる。当然これらの被害に対してはいまだ何の賠償もされてない。

ただ破天荒なキャラクターである奥崎氏を追ったドキュメンタリーが思わぬ方向へ向かってゆく。
そして驚愕のラスト、もう十年独房生活を覚悟しているという言葉どおり彼は処刑の首謀者であった元上官宅で発砲事件を起こし逮捕される。

彼のエキセントリックな行動はなんだったのだろうか。権威に反発し天皇制や国家を憎む気持ちはわかる、過激な行動で周りからは先生と持ち上げられて調子に乗っていたところもあっただろう。だが、やはり彼の根底にあったのはあの凄惨な戦争体験なのだろう。
これは彼なりにあの戦争に対する落とし前をつけようとしていたのではないか。多くがあの戦争はなんだったのか納得できなかったはず、しかし張本人の国は何も教えてはくれない。戦争体験者たちは自分たちで自分たちなりにあの戦争に対して落とし前をつけなければならなかった。あるものは無理矢理つらい記憶を心の奥に沈めて忘れ去ろうとする、あるものは趣味や好きなことに没頭して気を紛らわせようとする。そうやって皆が時間の経過とともにあの戦争を忘れ去ろうとしていた。しかし奥崎は違った。彼の中ではまだあの戦争は終わってなかった、たとえ終戦を知らされてもジャングルに潜んでいた小野田のように。いやもしかすると彼の中で新たな戦争が起きていたのかもしれない。皇軍として無理やり戦わさせられた過去を否定して神軍として生まれ変わり一人ぼっちの戦争を続けていたのかもしれない。

破天荒な行動や映画出演でしばらくは話題になった奥崎氏。そんな彼もやがて人々から忘れ去られる。しかしそんなことは彼にとってどうでもいいのかもしれない。彼にとってはあの戦争に対する落とし前をつけることができたのなら。
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