ひでぞう

暁の脱走のひでぞうのレビュー・感想・評価

暁の脱走(1950年製作の映画)
3.5
春美が唐突と見えるほどに、積極的に三上上等兵にアプローチするところや、「三上」と呼び捨てにするところに、えらく違和感が残った。しかし、原作を読めば、春美は日本人ではなく、「大陸と地続きの一角の土地生れ」(占領下のため、明確に朝鮮と書けなかった)で、源氏名が「春美」であること、そして、慰問団の歌手ではなく慰安婦であることがわかる。だから、片言の日本語で、「三上」と呼ぶしかなかったのだ。また、春美は、天津で客の男に裏切られて、今度こそ、本気になりたいという慰安婦の意地と情念がそこにはあった。だから、積極的にアプローチするのである。映画での違和感は、むしろ、原作では、説得的に理解することができる(原作の凄さ:『果てしなき中国戦線 昭和戦争文学全集 第3巻』 集英社で読める)。山西省の黄土、前線の過酷さ、慰安婦が担わなければならない若い兵士の欲望、そして、兵士と慰安婦の野卑たやりとり、そのなかにある情愛、そうしたものが『春婦伝』の核心だろう。しかし、映画では、設定を変えることで、それらは描かれない。違和感だけが残ってしまう。しかし、そのかわりに、三上上等兵の軍に対する反発や、脱走という姿を創作することで、軍隊の別の側面に光をあてているし、最後まで緊張を持続させる。鈴木清順の『春婦伝』は、原作により忠実であるがゆえに、「脱走」という部分が描かれない。
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