シズヲ

哀しみの街かどのシズヲのレビュー・感想・評価

哀しみの街かど(1971年製作の映画)
4.3
“ニードル・パーク”と呼ばれる麻薬常習者が屯する公園を中心に、麻薬と共に生きる男女の愛と堕落を描く。70年代のアメリカン・ニューシネマで描かれるニューヨークはいつも退廃に満ちている。街の底では常に社会的弱者が這いずり回り、街はただ彼らを緩やかに押し潰していく。『真夜中のカーボーイ』等に近く、しかしまた違った質感で描かれる“NYという都市”の冷徹な程の存在感。本作はその演出や編集も相俟って、もはやドキュメンタリータッチの領域に踏み込んでいる気さえしてくる。

最初から最後までBGMは皆無で、オープニングから鉄道や喧騒など街の環境音だけが雑然と響き続ける。カメラワークに関しても手持ちカメラ的な臨場感が強く、ざらついた映像のムードも異様な生々しさに溢れている。雑音が入り乱れる猥雑な街角が映し出され、そこに住まう登場人物らは“生身の人間”として確かな説得力を以て描かれる。前述したように、その雰囲気は半ばドキュメンタリーに近い。映画を見ている此方さえも、まるで街の中に忽然と放り込まれているような感覚になってしまう。

常に淡々としたテンポで進んでいく本作だけど、それだけに手際の良い編集が殊更に際立っている。常に説明よりも描写で文脈を読ませ、最低限の演出で場面を端的に映していく。そして場面転換の際にはバッサリと切り替え、即座に次のシーンへと飛ぶ。この飾らない素っ気無さが本作の作風を強調し、ドライな空気感もまた主役二人の虚無性を却って浮き彫りにする。

ボビーとヘレンは共に愛し合い、麻薬によってゆっくりと堕ちていく。圧倒的な破滅や挫折などに直面する訳ではないけど、それでも二人の関係は浮き沈みを繰り返しながら停滞していく。警察の追及が付き纏う中で薬物に依存し、売買で稼ぎ、やがて売春にも手を染め……過去も未来も溶けていくような日々の中、途方も無い閉塞感だけが横たわり続ける。主演であるアル・パチーノとキティ・ウィンが実に秀逸で、彼らの繊細な演技は間違いなく登場人物達に生命を吹き込んでいた。生々しい映像と役者陣の好演もあり、本当に誰かの人生を見届けたかのような切なさがある。

ボビーとヘレンは紆余曲折を経ても共に居ることが出来たけど、きっとあれから先も二人は何も変わらないだろうし、希望を掴めないまま少しずつ停滞の中へと沈んでいくのだと思う。結局事態は好転しないまま“二人の再会”によって唐突に幕を引くラストでそう感じてしまう。ボビーとの出会いに救われたヘレンだったけど、ボビーもまたヘレンを堕落へと導く存在だったのが哀しみに溢れている。
シズヲ

シズヲ