似太郎

トキワ荘の青春の似太郎のレビュー・感想・評価

トキワ荘の青春(1995年製作の映画)
4.5
【イニシエーション/通過儀礼】

このサイトでは大して評価が低いようだが、個人的に市川準監督の静謐な語り口と昭和の廃墟みたいな情景が胸に沁みる好編だと感じる。

ぼくは市川準の映画は『トニー滝谷』と『つぐみ』くらいしか観ていない。でも、何かこの監督のスタティックな一種の「美意識」みたいなモノがそこまで鼻につかず安心して観ていられるのは、何故だろう?

狂言回し的な役割の漫画家・寺田ヒロオを演じるモッくんの演技が素晴らしかったからかな? 戦後から復興して間もない東京郊外を切り取った画が詩的で美しい。

本作が撮られた当時、バブル景気は完全に終焉し日本社会が低俗化/ 倫理崩壊の一途を辿っていたと思うのだが、そんな時にこんな地味でパッとしない(失礼!)題材の作品に着手するとは…。

映画評論家であり、文芸評論家の川本三郎さんの名著『大正幻影』や『荷風と東京』のような、ある意味生粋の東京人にしか理解できないリサーチの仕方である。

川本三郎さんが成瀬巳喜男の「貧乏臭い」作品群を賞賛したり、幻影としての隅田川から大正の作家(永井荷風、佐藤春夫等)を俯瞰して分析するようなやり方に非常に酷似している。この監督は。

音楽はチャクラというバンドに在籍した清水一登、RCサクセションの仲井戸麗市が担当。このようにロック・ミュージシャンを起用する辺りが市川準の作家癖というか、良くも悪くもCM界の人って気がする。割と好きだけどね。

この監督と同世代の森田芳光や大森一樹、相米慎二とは違った意味でニューウェーブ的な感性が個人的にはツボだった作品。たしかに内容は消化不良感もあり物足らない感じもするのだが、「漫画家同士の交流と別れ=通過儀礼」というコンセプトで一貫してる為、納得のいくラストだった。

成瀬巳喜男の内向きな庶民映画にも近い、伝統的な邦画のエッセンスを受け継いだ秀作だと思う。
似太郎

似太郎