荻昌弘の映画評論

トム・ジョーンズの華麗な冒険の荻昌弘の映画評論のネタバレレビュー・内容・結末

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このレビューはネタバレを含みます

 フランスから来日した批評家のジョルジュ・サドゥール氏と世界の新監督について話したとき、私は「トニー・リチャードスン監督の『トム・ジョーンズ』をどう思うか」と尋ねた。氏の答えはこうだった。「非常に立派な演出だと思う。しかしあの話ではしょせん『花咲ける騎士道』じゃないかな」
 ーー「花咲ける騎士道」とは、今は亡きジェラール・フィリップ主演のフランス好色騎士道修業譚ともいうべきコスチューム・プレイだ。成程、物語からいえば、十八世紀の英文豪フィールディングの「トム・ジョーンズの(華麗な冒険)」も、似たようなお色気時代劇には違いない。
 地主の邸に育てられた捨て子青年トム(アルバート・フィニー)が、田舎、道中、ロンドンを股にかけて夜の道の活躍にはげむお話である。波瀾万丈。筋の豊かな起伏と、むきだしにつやっぽくて不遠慮な人間味は、この種西洋世話物時代劇の典型かとばかり思われる。
 しかし、物語は同じように大時代な好色譚であっても、「トム・ジョーンズ」は決して「花咲ける騎士道」になっていない点が、じつはすばらしい新しさなのではないかと私は思う。フィニーが創りだしたトムは、汗まで匂ってきそうなほどナマナマしく、天衣無縫でしかも愛敬の温かさがある。その人間としての「ざっくばらんな」自然さを、このリチャードスン演出はソックリそのまま「ざっくばらんな」映像のつみ重ねで表現してしまうのである。従来の時代劇には、多かれ少なかれ一種の文語体的口調が不可欠だった。が、人間トムを語る映画「トム・ジョーンズ」は、全く現代の話し言葉の口調で全映像を成り立たせる。
 ーーそれにしても、やんちゃで善良な精力青年トムと、彼をめぐるさまざまな英国女の色事描写の、あのぬけぬけとたくましいユーモアはどう説明したものであろう。また、田舎貴族の狐狩りなどにみる鮮鋭なキャメラの動感。あの冴えは、何と形容したらいいであろう。これこそ“ホットな”秀作ーー二百年前の青春から、普遍の若さをつかみだした熱い傑作である。
『映画ストーリー 13(7)(155)』