半兵衛

旅役者の半兵衛のレビュー・感想・評価

旅役者(1940年製作の映画)
3.5
誰も彼も悪くはないけれどちょっとした行き違いから仕事を奪われた男のやるせない状況から細やかに怒りを募っていく様を描いていく様は芝居ではなくカットの積み重ねから登場人物の心を表現する成瀬監督の真骨頂。配役といい物語といい地味で目立たないけれど、馬の芝居の役者という底辺に生きる人間を温かく侘しげに見つめる監督の視点やそんな主人公を演じる藤原釜足の名演が切なくて愛らしくて心に引っかかる佳作に仕上がっている。

登場人物のちょっとした仕草やアイテムの提示などで夏の風情をさりげなく醸し出す熟達した演出も見事。

中村菊五郎というパチもん一座の座長をつとめるアノネのおっさんこと高瀬実乗や、知恵の足りない弟分柳谷寛、藤原と仲の悪い地元の床屋・中村是好といった渋いキャスティングが日陰のストーリーに似合っている。

本物の馬に芝居をとられるなどして怒りを爆発させる後半の大暴れは「どうにでもなれ」というやけくそ感があって馬の衣装を着て街中を走るという滑稽な姿なのに物悲しい、ぶつ切りのようなラストも心に寂しい余韻を残していく。

全体的にのんびりしたドラマなのに、藤原と中村の目線でのやりとりが『その男、凶暴につき』の北野武と白竜のような緊張感があってちょっとしたサスペンスになっていてドキッとする。

とある場面で藤原が手拭いをほっかむりにして被る仕草をするのだが、それがやけにセクシーで印象に残る。そういうさりげないなかに光る芝居が出来るところに名優たる所以があるのかも。
半兵衛

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