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限りなき前進のTakaCineのレビュー・感想・評価

限りなき前進(1937年製作の映画)
4.2
静かなる狂気。

題名だけ知っていた伝説的名画。ラピュタ阿佐ヶ谷で上映最終日と知って、駆け足で観に行きました。

内田吐夢監督、小津安二郎原作(「愉しき哉保吉君」)で、1937年(昭和12年)キネマ旬報「日本映画ベスト・テン」で一位に選出。本作の存在は、我が映画知識のバイブル「映画千夜一夜」(中央公論社)における淀川長治さんの解説で知りました。その圧倒的な映画描写力に感化され、いつか観られる日を夢見ていました。それがついに実現したわけです(*^^*)♪

小杉勇、轟夕起子、江川宇礼雄と日本映画史で名前だけ拝見した戦前の俳優さんたち。特に名優と謳われた小杉勇のどっしりした存在感、タカラジェンヌだった轟夕起子の溌剌とした美しさが際立っていました。

【緩やかに正常から異常へ】
前半は野々宮家の慎ましやかな生活をホームドラマ風に描写していきます。仕事一徹な父、しっかり者の母、お転婆な娘、生意気な弟といかにも典型的なサザエさん一家風。笑いがあり、悩みがあり、それでも健気に生きていく…どこにでもあるサラリーマン家庭。丁寧な描写がとても良いです。弟の雄一と仲が良い北さん(江川)と主人公の娘敏子(轟)の友達以上になれない関係、子供たちに95銭とあだ名される敏子、初めて見るパイナップル…昔の四コママンガのようなクスッと笑えて微笑ましいエピソードが続きます。

ささやかながら暖かい家庭を持つ52歳の保吉(小杉)の心配事は、65歳の定年までにどれだけお金を貯めることができるか。物価高騰、建築中の新居、敏子の嫁入り費用、雄一の学費、老後の資金…早く重役になるのが夢です。

ところが勤務先で65歳定年のはずが55歳に変更され、長年の計画が崩れてしまいます。それを知った保吉の精神は徐々に狂い始めて…

【改変されたラスト】
後半は、保吉が心配のあまり静かに狂い出す感じが日常のちょっとした異変から明るみに出て、やがて幻想(部長への出世、新居の完成、娘の結婚)に囚われ、ついに発狂してしまいます。

このオリジナルを誰がどんな経緯で改変したのかは不明ですが、保吉の幻想部分で話を終わらせることで、あたかも現実化したハッピーエンドにしてしまいました。終戦後、内田監督が満州に残留中の出来事でした。

帰国した監督は当然激怒し、元に戻そうとしましたが完成したネガもプリントも発見できず、内容を伝える解説字幕を入れるしかなかったようです。なんたる芸術への侮辱!!

今回もその解説字幕版を観たわけですが、元々名作なので完成度は高いのですが、淀川さんの解説で知った内容でしたら、鳥肌が立つほどの怒濤の名作だったに違いありません!

料亭での「さんさ時雨」の違和感がより明確になり、異常心理が心に響いたはずです。あの笑顔が狂気とは…!!

なんとかオリジナルのネガかプリントが発見されることを願ってやまないです。

みんなでピクニックに行く上空からの撮影は、どうやって撮ったんでしょうね?今のようなドローンはないから、ヘリかクレーン撮影かもしれませんが凄かったですね!

蛇足ですが、
ラピュタ阿佐ヶ谷は初めて行きましたが、ちょっと面食らいました。上映の約1時間前に着いて整理券を貰い、どこかで時間を潰そうと思ったら…すぐ入場になり席を選べるようになりました。みなさん、ずっと座ったままなんです。結局そのまま席で上映まで待っていましたが、そういうものなんでしょうか?驚きました。

ご高齢のお客様が多く、最終日だったので大盛況で、椅子に座れず座布団も用意されていましたね。

歴史的作品を観れたのは良かったです。もしご関心があれば、「映画千夜一夜」に詳しく内容が載っています。
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